3カ月装着した人工肛門にもさようなら

抗がん剤治療を5セット目でやめたので、人工肛門をとる手術は5月に前倒しすることになりました。そうすれば、6月いっぱいはリハビリと準備にあてられるので「7月のコンサートに間に合わせられる」と考えたんです。

何回か検査に通ったあと、5月18日に手術することに決まりました。決定したのが4月19日です。入院までの1カ月は、特別なことは少なく、比較的穏やかに過ごせました。

入院を機に闘病記録ノートも4冊目になり、1ページ目には「ストーマさよなら 復帰大作戦」と書いています。

この頃には人工肛門に愛着が湧いてきたというか、扱いも手慣れたものになっていました。

3日に1回のペースで装具を換えるストーマ交換を行いますが、人工肛門をとるまで一度の失敗もなく29回の交換をこなしていました。人工肛門のことを「ジュニア」と呼ぶようにもなっていました。

「悪いけど、もともとの肛門に戻すから、これでさよならだ。3カ月の付き合いだったけど、ありがとう」

手術前にはそんな気持ちにもなっていて、手術室へ行く10分ほど前にはジュニアがよく見えるようにして自撮りで記念撮影もしました。他人から見れば少々、グロテスクなはずなので公開はできないですけどね。

最初はあまり人に話したくなかったけれど…

最初は、人工肛門をつけたことはあまり人には言いたくなかったし、世間に公表するつもりはなかったんです。

いまも大々的に公表しているわけではないけど、ラジオで話したこともあるし、こんな本を出したりしているくらいだから、隠すつもりはなくなりました。

最初に話したのは何かの取材だったと思うけど、その前にマネージャーから「もう、人工肛門はふさいじゃったんだし、そのあたりのことも話していいんじゃないですか」と提案されたんです。

積極的に言い回ったりはしなくても、隠しはしない。そういうスタンスでいこうかと思いました。もともと自分の中で抵抗があったのは確かです。

誰だってそういう反応になるはずだとはいえ、「一生、人工肛門になるのは絶対に避けたい!」って思っていたわけですからね。

実際のところ、人工肛門をつけたばかりの頃は本当に大変でした。便が水っぽかったこともあり、3時間おきくらいにパウチの処理をしなければならなかったんです。ゆっくりと眠ることなど、できません。

そういうところから始まっていながら、少しずつ慣れていったんです。もちろん、人工肛門がとれたことに関しては、よかったと思っていますけどね。