アメリカ政府もハイテク産業のエンジェルに
最後の項目を少し補足すると、米国政府もスタンフォードと同じ方向の政策を進めた。日本の製造業に攻め込まれて不振に陥ったアメリカは、1980年バイ・ドール法(政府資金で発明しても大学や研究者が特許権を得ることを認めた法)をはじめとして政策転換のための法制度を整備したのだ。イノベイティブなハイテク産業を育てるために大学への研究資金援助も一気に増やした。
さらに大学の研究者に対して、国がもつハイテク基盤へのアクセスも可能にした。そして、それが特許取得やビジネスにつながった場合に大学と研究者の権利にできるルールも定めた。
政府が技術のエンジェルになったおかげで、大学の特許出願件数は大幅に増え、大学はビジネス界と地続きになった。
研究成果がビジネスに結実すれば億万長者になれる。そのリターンが大学やベンチャーにも再投資される。失敗しても出資者の持ち株が紙くずになり起業家たちがもらったストックオプションが無価値になるだけで、それで終わりである。「Freedom to Fail」。この仕組みなら、誰もが起業したくなる。ベンチャーが増えるわけだ。
こうした仕組みのおかげで、大学の知的レベルが高まっただけでなく、研究者の懐も潤った。1990年代末には「シリコンバレーで1日に60人の億万長者が生まれる」と言われ、スタンフォード大学構内に高級車をたくさん見かけたものだ。この繁栄を見聞きして、世界からシリコンバレーを目指す天才的な若者がますます増えるのも、また自然の流れである。
日本で起業が少ない原因は「失敗に対する危惧」
翻ってわが日本では、バブル崩壊以降の行政改革で大学の経営にもメスが入り、大学の研究基盤が細る結果となった。のちに研究助成金が増えたといっても、アメリカとはケタ違いであり、博士課程やポスドクの研究者は食べていくのも大変な状況である。
起業のリスクも大きい。ひとたび失敗すれば再び立ち上がるのは極めて難しい。内閣官房と経産省の調査(2021年)で、起業家に対するアンケート結果によれば、「日本で起業が少ないと考える原因」の第1位は「失敗に対する危惧=38%」となっている。
また「学校教育(3位、15%)→勇気ある行動への低い評価など」や「家庭教育(4位、8%)→安全・安定を求める親の思いなど」、そして「世間の風潮(5位、6%)→成功しても尊敬される程度が低いなど」も理由として挙がっている。