観光開発…絶景露天風呂、海洋クルーズ、サーフィン
さて、その北方領土だが今回のウクライナに侵攻する以前までの情報では、エコツーリズムの人気とともに観光需要が拡大しているという。地元ネットメディア、サハリンインフォによれば、今夏の北方領土ツアーはほぼ予約完売状態だという。
これはコロナ禍で海外旅行が制約を受けるなか、ロシア人にとっては“国内”の北方領土(ロシア側の呼び方は「クリル諸島」)への関心が高まっているからだ。
北方領土では、これまでホテルらしいホテルは存在せず、観光客の受け入れには限界があった。しかし、プレハブ型モジュールホテルや高級リゾートホテルの建設が進められ、海洋クルーズなどのエコツアーも企画されている。僻地観光に関心のある一部の欧米人やアジア人からの観光も年々、増え始めている。2021年、択捉島だけでおよそ1万3000人の観光客が訪れた。
例えば、択捉島は温泉が人気だ。大きな活火山があり、複数の温泉リゾート施設が、地元財閥ギドロストロイ社によって手掛けられた。入浴料は地元民が500ルーブル、島外者は1500ルーブル(1ルーブルは日本円で約2円)で利用することができる。中心地からはシャトルバスが出ている。
私も2度ほど温泉を利用したが、褐色が特徴で植物有機物を多く含むモール温泉で、良質であることがわかった。オホーツク海が見渡せる絶景の露天風呂や足湯もあり、この地が世界的に認知されていけば、さらに多くの観光客が流入していくと感じた。
北方領土への観光需要の高まりをとらえ、択捉島では複合型リゾート施設が建設中だ。ホテル、温泉施設のほかにスキー場、キャンプ場などを備え、地元サハリン州と投資会社は200億ルーブル(約400億円)の資金を投じている。2025年の完成を目指している。
ロシア富裕層オリガルヒの中には、モーターボートの係留所を備えた別荘を保有しており、島々を自由に行き来しているとの情報もある。
国後島ではサーフィンを観光の起爆剤にする動きもみられる。国後島の東岸は安定的に波が高く、世界的なプロサーファーも訪れているという。ロシアのサーフィン・ナショナルチームの監督を現地に招聘し、ジュニアや指導者の育成の場としている。サーフィンを題材にした映画も、もっか現地で撮影中。映画が公開されれば、ますますロシア国内外からの観光客は増えそうだ。
本来は日本領であるはず。なのに、日本人は北方領土に自由に行き来することができず、日本人以外の外国人は観光できるという、いびつな状態にあるのだ。
観光整備とともに、通信インフラも急速に整備されてきている。これまで劣悪だったネット環境だが、この2年ほどで高速通信網が整備。私が最後に訪れた2015年時点では、光ファイバー回線が敷設されていなかった。だが、2016年から10カ年計画で始まった国家プロジェクト「クリル諸島社会経済発展計画」で多額の予算がつき、本土とのデジタル格差の解消が掲げられた。国後島では、来年までに新たにモバイル通信基地15〜20カ所が設置される計画だ。
余談だが、ネットを通じた犯罪も北方領土では深刻な問題になっている。ひとつはネットでの麻薬の取り引きである。しばしば、北方領土では麻薬取引や所持・使用によって検挙者が出ている。
ビザなし交流の中断によって、北方領土の情報や開発の最新状況を把握することが難しくなっている。ウクライナ戦争前は、幾分かは抑制的であった北方領土の開発も、実効支配を強めるためにさらに加速する可能性は十分ある。ロシアだけではなく、中国資本が北方領土に入って、開発やビジネスを進める可能性もある。ウクライナ戦争をきっかけに、北方領土は完全に幻影となってしまいそうだ。