データをもっと身近に

社会で必要とされる人物像が変わってきたことを受けて、中学受験も少しずつ変化の兆しを見せている。

開成中学校や筑波大学附属駒場中学校、渋谷教育学園幕張中学校などの名門校に合格者を輩出する算数塾「あるこ塾」代表の中村明弘氏は次のように語る。

「中学受験の算数は、関東・関西の上位校を中心にやや難化の傾向が続いています。その要因の一つとして、複雑な情報や条件をその場で整理して考えさせるタイプの問題の増加が挙げられます」

こうした出題の背景には、学校側が求める生徒像の変化が透けて見えると中村氏は言う。

「これらの問題は、お決まりの解法だけでは太刀打ちできません。出題を通じて、その場で対応できるような理解力を持った生徒を学校側も欲しているのではないでしょうか」

AIの進歩により、パターンに当てはめて解くような社会課題の多くは自動で処理できるようになった。その半面、データをどう捉えるか、どう生かすかといった部分を考えられる思考力や状況判断力を持った人材の重要性は増すばかりだ。

「こうした広い意味での思考力を問うような問題は、過去10年ほどで難関校だけでなく、中堅校でも出題されるようになってきました。AIが高度な処理を行えるようになった時代だからこそ、思考力の礎となる算数・数学への深い理解が、これからの時代にますます重要になるだろうと感じています」

2人の教授が共通して強調するのは、課題を見つける力の重要性だ。

「統計は課題を自ら探して使うものです。そのため、与えられた問題を解くことを主軸としたこれまでの算数・数学教育と異なる力が必要になると言えるでしょう。“この数字とこの数字って関係あるのかな”“これってどういうことなんだろう?” という批判的思考を鍛えることが重要になってきます」(渡辺氏)

河本氏も、専門的な分析技術の習得だけでは足らないと語る。

「データ分析手法はソフトの進歩で習得のハードルは下がりました。それに独学用の教材やオンライン講座が充実してきたこともあり、分析手法の勉学の機会は増加しています。一方で、“課題は何か”“どの数字が必要か”を考えるための課題設定力を勉強する機会は少なく、自ら意識して鍛えなければなりません」

難しく考えず、自分の興味から生じた“なんでだろう?” という気持ちを大切にすることが、課題を見つける力につながるという。

「たとえばプロ野球選手は本当に四番が一番打率が高いのかな? と思ったら、全チームの打率を調べてもいいし、テーマパークはいつが一番混むのかを知りたければ、月別来場者数を調べてもいい。“データ×疑問”を考える経験を積むことで誰でも身に付きます。学校の授業でも、文章題の練習を積んで、言葉の意味を理解して数式に起こすことは、良い訓練になると思います」(河本氏)

渡辺氏は算数に苦手意識を持っている子でも、統計の授業は楽しめるはずだと断言する。

「学校でも“給食の余りはどういう状況だと増えるのか”“地域の飲食店を盛り上げる方法を考える”といった身近な事例を取り上げる学習を行います。統計という、具体的で応用範囲の広い数学を学ぶことになるので、きっと楽しいと感じてくれるはずです。学校の学習の延長線として、統計の力を発揮する“統計グラフ全国コンクール”のようなコンテストもあります。授業で得た知識を家庭でより大きく育ててチャレンジしてほしいですね」

給食
写真=iStock.com/Milatas
※写真はイメージです
(文=土居雅美)
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