表紙に必要なのは意外性とインパクト
【ターザン】ただ、いくら変化球と言ったって、読者にインパクトを残さなきゃダメだから。その「大いなる意外性」で、読者に楽しんでもらうんです。それこそ「猪木イズム」ですよ。サプライズ。じゃなきゃ誰もザ・グレート・サスケなんか表紙にしませんよぉおお!
——自分も、2002年の国立競技場で行われた「Dynamite!」で、満場の猪木コールの中、猪木さんどこから出てくるんだろうと思ってたら上空から落下傘で降りてきて腰を抜かした覚えがあります。
【ターザン】その精神だよね。編集も同じ、表紙も同じですよ。意外性と衝撃とインパクトがすべて。ま、細かいことを言えば「写真は1枚に限る」とか、いろいろあるんだけど。つまり、表紙にちっちゃい写真をいくつも載せない。コピーは詩的に、とにかく短くコンパクトに。四字熟語で言い切れたら最高。文字色はぜんぶ蛍光ピンク……とかね。
ライバル誌があったから『週プロ』は活きた
——ちなみに、ライバル誌『週刊ゴング』については、どんなお気持ちだったんですか。当時。
【ターザン】ありがたかったよね、『ゴング』があって。潰してやろうなんて思ったことは一度もない。『ゴング』は昔ながらのスタイルを守り続けていたでしょ。ようするに「いいプロレス」だよ。どうぞ、その道を行ってください、と。俺は違うことやりますんで、と。あっちは古き良きプロレスをやる、こっちはむちゃくちゃなプロレスをやる、ふたつ並べてワンセットなんです。『ゴング』と『週プロ』は二卵性双生児だと思っていましたよ。
——好敵手がいたから、自分たちも輝けた。『文春』に『新潮』があるように、『ジャンプ』に『マガジン』があるように。
【ターザン】『週プロ』には、『ゴング』があって、『東スポ』があった。これは、大きかった。『東スポ』は一貫して「ごーん」とやるでしょ。瞬間的で、上っ面な感じで。『ゴング』は『ゴング』で予定調和で、うまくプロレスファンの心理をとらえた。そへ持ってきて俺たちは「スキャンダルだ!」と。プロレスとは「すべて事件!」であり「感性の表出なんだ!」……と。
編集長を辞した後は坂道を転がるように…
——そのような方針で9年間も編集長として突っ走ってきたあげく、新日本プロレスから取材拒否を受け、その責任をとってターザンさんは編集長を退任するわけですが。
【ターザン】そこからは坂道を転がるようにね。もう20年以上、まともにはたらいてないもんね。