ロシアのメディアが「西側の情報」や「戦争に懐疑的な報道」も流すわけ

とはいえ、ロシア国内のメディアは国民に現実を知らせず、プロパガンダばかり垂れ流しているかといえば、それは違います。ロシアのテレビも西側の情報を流しているし、この戦争に懐疑的な報道もあります。もともとロシア人はそれなりにリテラシーの高い人たちですから、自分たちの国が批判される報道に接すればカチンときます。プーチン政権は、そこまで計算して、あえて流しているのです。

第一チャンネルに『ボリシャヤ・イグラー(グレート・ゲーム)』という政治討論番組があります。政府や軍の高官、政府系の政治評論家や学者など、責任と見識をもつ人たちが出演します。モスクワ時間の夜8時台に、このような堅い番組を放送しているのがロシアです。

司会はヴァチェスラフ・ニコノフ氏といって、国会議員で政治学者です。スターリン時代のモロトフ外務大臣の孫に当たります。エリツィン政権では改革派の一人で、モスクワ駐在時代の私も家族ぐるみで親しくしていた人です。

3月21日は、高等経済大学のスースロフ教授と政治学者のミグラニャン氏が出演していました。この放送を見ていたら、興味深いやり取りがありました。

ポーランドが3月上旬に、所有している旧ソ連製のミグ29戦闘機28機をウクライナに供与しようと申し出ました。一度ベルリンにある米軍のラムシュタイン空軍基地へ送り、アメリカによってウクライナへ運んでもらう提案をしたのですが、アメリカ国防総省が断わったという一件です。

核保有国であるロシアの世論を暴走させてはいけない

この話題になると、ミグラニャン氏は以下のように語ったのです。

「これは、NATO憲章第5条に関係している。NATO加盟国は、他国に侵略された場合は共同防衛をする。ところが加盟国から侵略した場合の反撃に対する防衛義務については、何も書かれていない。2015年にトルコ軍のF-16戦闘機が、領空を侵犯したとしてロシア空軍のSu-24戦闘爆撃機を撃墜した先例がある。トルコはNATO加盟国だが、自分から攻撃を仕掛けたという理由でNATOは協力の要請を断わり、共同防衛を発令させなかった。

ポーランドはそれを知っているから、自らミグをウクライナへ飛ばしたら、ロシアから参戦したと見られたり交戦状態になる不安があった。そこで米軍基地を経由させて、アメリカに任せようとした。しかしアメリカは断わった。これを見てロシア側は、アメリカはウクライナへ絶対に出て来ないと判断した」

鋭い見方だと思いました。このような深い見識を持った番組もあるのです。

閉鎖空間に陥って西側諸国と交われなくなると、全く違う視点でしかお互いを見られなくなります。ロシアは核兵器を持っているのですから、そんな状況が望ましくないのは自明の理です。

核保有国であるロシアの世論が暴走しないことを願っています。外に向かって窓を開けさせる、国を閉ざさせないようにすることが重要になります。

(構成=石井謙一郎)
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