一般的な人は、「生理的欲求」が85%、「安全の欲求」が70%、「所属と愛の欲求」が50%、「承認の欲求」が40%、「自己実現の欲求」が10%程度それぞれ満たされている、とマズローは分析している(『マズロー心理学入門』)。
また、階層は人によって優先度が変わるとした。たとえば、仕事が人生のすべてで、会社での出世に大きな価値を置く人の場合、「愛の欲求」より「承認の欲求」が優先されるであろう。自分のやりたいことをやり遂げることこそ人生と思い込んでいる人は、「承認の欲求」より「自己実現」を優先するかもしれない。
不完全な「人」という存在
実は、マズローは自分の唱えた欲求階層説で、思いがけない発見をしている。
マズローは、自己実現的人間について、理論だけではなく、リアルな姿を知りたいと考えた。そこで、実際に自己実現している人にインタビューをするなどして、「“自己実現的人間”とは、どういう人々なのか?」を分析する調査を行った。その過程で、まったく想定していなかった事実を見つけたという。
自己実現的人間とは、「才能や能力、潜在能力などを十分に用い、または開拓している人」であることから、“完全な人間”とイメージされる。しかし、被験者(実存する自己実現的人間)に面接を行い、家族や親族などにインタビューして、自己実現的人間の共通点を見出そうとしたところ、被験者の中には誰一人として完全な人間などいないことがわかったのである。
自己実現的人間は、非常に善良であり偉大でもあったが、時にはつまらなく、気難しく、自分勝手で怒りっぽかったり、他人をイラつかせたり、ふさぎ込んだりすることもあったという。私たち凡人と同じように。
自己実現的人間は「欠点と共存する」
一方で、彼らには「ありのままを受け入れる」という共通点があった。自身の人間性の欠点を認め、理想と食い違っていることを承知していた。他者の欠点もそれはそれとして受け入れていた。
彼らには、自分を誇張するような見せかけの態度、偽善的な言葉遣い、狡猾さ、体面を気にする様子、厚かましさなどが、まったく見られなかったという。
マズローは言う。
「彼らは自分の欠点とさえ快適に共存して生きていけるので、(中略)年をとるに従い結局は欠点とは感じられなくなって、ただ偏らない人格上の特性と知覚されるようになる」(『人間性の心理学』)
そして彼らは、他者の言動に苛立ったり、嫌気が差したりするようなことがあっても、あたかも家族のような愛情で相手に接していた。心から人を助けたいと願っていたそうだ。