40代50代が迷っている。「働かないおじさん」と言われ、職場に「居場所がない」のだ。健康社会学者の河合薫さんは「彼らは“社会のまなざし”に拘束され、自分にウソをつきながら生きてきた。そのため過去の自分と人生に失望しているのに、いったいどう変わったらいいかがわからないのだ」と指摘し、ある興味深い社会実験を紹介する──。(第3回/全7回)

※本稿は、河合薫『THE HOPE 50歳はどこへ消えた?』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

女装して1年暮らしてみた

ちょっと変わった社会実験で、「自己受容」に成功した男性がいる。クリスチャン・ザイデル、別名“クリスチアーネ”だ。俳優、ジャーナリストを経て、テレビ番組・映画プロデューサーとして名を馳せたドイツ人の男性である。

女性の配偶者がいて、普通の男性として生活してきたクリスチャン。だが、ひょんなことから女装して、1年間暮らす実験をすることになった(『女装して、一年間暮らしてみました。』)。そう、彼にとって「女装」はある種の社会実験だった。男の中に潜む“女”を、自分の体で体感しようと思ったのだという。

きっかけは一足のストッキングだった。

クリスチャンは、冬になるとよく風邪をひくという切実な理由から、ある日、デパートのストッキング売り場に行った。そこで彼は、ストッキングの種類の多さに衝撃を受けた。

パンストを着用したクロスドレッサー
写真=iStock.com/Motortion
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薄手、厚手、ガーターフリー、膝丈、ピンク、ブルー、ブラックなど、男性の靴下売り場にはない自由な選択肢にクリスチャンは興奮した。高揚感に導かれるままにスカートを身にまとい、ハイヒールを履き、ウィッグを被った。彼はこの時、“クリスチアーネ”に変貌を遂げたのである。

「そんな重圧、男には耐えられない」

新しい生活をスタートさせた“クリスチアーネ”。彼の突然の変化に、男性の友人たちは好奇のまなざしを投げかけ、バカにした。一方、女性の知人たちはフレンドリーに接してきた。“クリスチアーネ”を女子会に招き、セックスや身体についてあからさまに語り合うのだ。

男性同士の関係にはなかった自由な時間に、“クリスチアーネ”は至極の心地よさを感じ、新しい生活に没頭するようになる。

ところが、次第に彼は、「女性たちが求める男性像」に自分が苦しんでいた事実に気づくことになる。

「弱い男にはイライラする」
「いちいち『抱いていいか』と聞いてくる」
「強い男でありたいのに、甘やかされたいって、サイテー」

“クリスチアーネ”に対し、口々に男性への不満を漏らす女性たち。“クリスチアーネ”はこの時、それまでの人生において、男性であるクリスチャンとして感じてきた違和感の正体に気づいたのだ。