まとめ続けていると「作者の人となり」を感じられる
『ゲーテとの対話』は上・中・下巻の大ボリュームですが、だからこそ、この本だけで10枚以上の「クラシック・クオート」を作成してみてほしいのです。それだけの時間やエネルギーを注ぐ価値は、十分にあります。
何より、このトレーニングをやると、本書で紹介している小林秀雄さんの『読書について』の名言を、動作レベルで実践できたことにもなります。再度、引用してみましょう。
“人間から出て来て文章となったものを、再び元の人間に返す事、読書の技術というものも、其処以外にはない”
『読書について』(小林秀雄 中央公論新社)
『読書について』(小林秀雄 中央公論新社)
試験で採点可能な「こう書いてあるからこういう意味ですよね」式の読解だけでは、こうした読書体験はそうそうできません。古典の作者についての認識が問われる「作者中心の読解力」が、どうしても必要になってきます。
だからといって、ゲーテの半生について書かれた本を読んでみても、眠くなるだけでしょう。そうした本を演繹的に理詰めで選書しても、残念ながら作者は立ち現れてきません。
一方、「クラシック・クオート」でゲーテの言葉を「紙1枚」に繰り返しまとめていると、帰納的に認識を深めていくことができます。加えて、「深める」思考から「没頭」思考の状態までいければ、次第にゲーテの人となりを感じ取れるにようにもなってくるはずです。
すなわち、同一著者の「クラシック・クオート」をやり込めば、「作者中心の読解」が自分なりにできるようにもなってくる。
本稿では、他の読書本で陥りがちな「古典を読め→読んでみた→訳分からん→寝た」といったルートとは、全く異なるバイパスを提案させてもらいました。少しでも可能性を感じてもらえたのであれば、早速「クラシック・クオート」を書いてみてください。
古典を、これからもっと身近なものにしていく。あるいは、憧れの「作者中心の深い読み解き」が自分でもできるようになってくる。そんなターニングポイントになれば嬉しいです。