この数年でファッション誌の部数が激減している。ブランドリサーチャーの廣田周作氏は「その原因はデジタル化の遅れではない。おそらく『平均的な人』を前提としたマーケティングが通用しなくなったからだろう」という――。(第1回/全3回)

※本稿は、廣田周作『世界のマーケターは、いま何を考えているのか?』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。

テーブルの上に重ねて置かれた雑誌
写真=iStock.com/Ellica_S
※写真はイメージです

ミシェル・オバマが身につけていたアイライナーの正体

Fentyというブランドをご存じでしょうか。Fentyは、バルバドス出身で、現在米国で活躍しているアーティストのリアーナ・フェンティが立ち上げたブランドです。

リアーナと言えば、音楽の世界で多くのビッグヒットがあるので、アーティストとして知っている人も多いと思うのですが、実は、アパレルやビューティの業界において、事業家としても大成功しています(現在、アパレルについては、休止中)。Fentyにはビューティ事業があり、彼女の音楽のファンのみならず、広く支持されています。

なぜ、支持されているのかと言えば、リアーナが、黒人の女性として「なぜ自分の肌の色に合うファンデーションが売られていないのか?」という視点を持って、さまざまな肌の色の人たちに合う化粧品を開発しようと企画したところに理由があります。

「なぜ、ビューティ企業は白人のモデルばかり起用するのだろう?」「なぜ、自分の肌の色に合ったメイク用品がないのだろう?」そう思っていた人たちから、リアーナの「気づき」に対して、大きな共感と支持が集まったのです。

Fentyが謳っているのは、「Beauty for All」。

つまり、「すべての人たちにビューティを」ということ。

既存の美容業界は、セレブリティや大手メディアなどの「エスタブリッシュメント」が中心となって、ビューティのトレンドを決めてきました。

ビューティのブランドは、広告を通じて「今、これがトレンドのスタイルなので、みんなもここに憧れてください」というメッセージを発信し、煽り続けてきたわけです。

ビューティ業界は、トレンドをつくり、フォロワーに追いかけさせるという「憧れの連鎖」を、広告活動を通じて巧みに構造化してきたとも言えます。

しかし最近、「ビューティとは誰かから押しつけられるものではなく、使う人自身を表現するツールである」という考え方が出てきました。

「ビューティは自己肯定感をあげるもの」、あるいは「自分を表現するもの」「アイデンティティを守るための道具」というように、美の在処を「メディアやセレブリティ側が持っているもの」ではなく、「あなたの中に本来あるもの」だとする考え方です。

廣田周作『世界のマーケターは、いま何を考えているのか?』(クロスメディア・パブリッシング)
廣田周作『世界のマーケターは、いま何を考えているのか?』(クロスメディア・パブリッシング)

今、支持されている美容ブランドは、既存の業界とユーザーとの関係を逆転させ、「ビューティは、ユーザーの中にある魅力を引き出し、肯定するツールだ」と再定義し始めているのです。

2021年、バイデン大統領の就任式に参列していたミシェル・オバマ氏が、身につけていたアイライナーが、まさにFentyのものだったのは記憶に新しいでしょう。

私は、これは非常に象徴的なシーンだったと思います。もちろん、当のFentyにしてみればプロモーション的な側面もあったでしょう。

ただ、それ以上に、「ミシェル・オバマがFentyをつけていた」こと自体が、多くの人を励ます大きなパワーを持っていたのではないでしょうか。