肉や魚などの食材にじっくり火を通す「低温調理」が人気を集めている。しかし、この調理法は正しく温度管理をしなければ食中毒のリスクがある。科学ジャーナリストの松永和紀さんは「ネット上のレシピには加熱の基準を満たしていないものが散見される。牛肉の調理を誤れば、最悪の場合死に至るリスクがある」という――。(前編/全2回)
ビーフ
写真=iStock.com/gyro
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「内部には菌はいないから大丈夫」のウソ

肉は菌やウイルスによる食中毒が起こりやすく、調理法を誤ると死亡事件にもつながります。ところがその怖さが料理人や料理研究家などにもあまり理解されていないようで、問題のあるレシピが少なくありません。素人の投稿レシピはなおさらで、食の安全の専門家が信じられない事態と口を揃えます。

たとえば牛肉の場合、多くのレシピが「肉の内部には菌はいないので表面を加熱すれば中は生でよい」と書いています。ところが、これは大間違い。菌は時間が経つと肉の表面から中へ入り込んでゆきます。

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2回にわたって肉料理のリスクとレシピの関係を解説しましょう。まずは、牛肉編です。

牛肉で主に食中毒の原因となるのは、O157などの腸管出血性大腸菌とサルモネラ属菌です。腸管出血性大腸菌は牛の腸内におり、ヒトが口にすると一定数は胃酸をかいくぐり腸管に達し、増殖して毒素を産生し激しい腹痛や下痢などをひきおこします。血便やHUS(溶血性尿毒症症候群)、脳症などから死に至るケースもあります。わずかな菌の摂取が発症や重症化につながる非常に怖い細菌です。毎年、4000人近い感染者が出ています(食品を原因とするケースが多いが、人から人への感染など汚染源がわからない場合もある)。

牛は、腸管にサルモネラ属菌も持っています。ヒトが感染すると胃腸炎を発症し、嘔吐や腹痛、下痢などの症状に見舞われ死亡例もあります。

腸管出血性大腸菌O157(左)とサルモネラ属菌
写真提供=食品安全委員会
腸管出血性大腸菌O157(左)とサルモネラ属菌