肉や魚などの食材にじっくり火を通す「低温調理」が人気を集めている。しかし、この調理法は正しく温度管理をしなければ食中毒のリスクがある。科学ジャーナリストの松永和紀さんは「ネット上のレシピには加熱の基準を満たしていないものが散見される。沸騰した鍋に鶏肉をつける『自家製サラダチキン』は加熱が不十分となる恐れがある」という――。(後編/全2回)
食品店でお肉
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高リスクなのに全国一律の規制がない

前編「牛肉の注意点」から続く)

肉調理の温度管理はけっこう難しいのに、安易なレシピが氾濫しています。加熱が足りないのです。魚の刺身などに親しんできた日本人の生食好きがそうさせてしまうのか? 後編では、食中毒事故がたびたび発生している鶏肉料理やサラダチキンのポイント、豚肉やジビエの注意点を解説します。

鶏肉で大きなリスクとなるのは、なんと言ってもカンピロバクター。鶏の腸管内にいる細菌です。食べて発症すると、発熱や倦怠感、頭痛、腹痛、下痢等に見舞われます。死亡例は国内では確認されていないのですが、一部の人は数週間後、手足が動かなくなったり呼吸困難に陥ったりするギラン・バレー症候群となる、と考えられています。鶏刺しや鶏タタキ(鳥刺し、鳥タタキと書く場合もある)、加熱不足の焼鳥などにより年間に、2000~3000人程度の食中毒患者が発生しています。

カンピロバクター
写真提供=食品安全委員会
カンピロバクター

市販の鶏肉のカンピロバクター汚染率は調査によりばらつきがあるものの、平均して7割近くに上ります。「新鮮だから安全」と客に伝える店がありますが、それは間違い。カンピロバクターは乾燥に弱い菌なので、むしろ処理されて空気にさらされた時間が長い肉の方が、菌の数は少ないのです。

ところが、リスクは高いのに牛肉とは異なり、鶏肉の生食には国の規格基準がありません。直接的な死亡例がなく、一部の県で食文化として鶏肉の生食があり、県が生食用の基準(屠鳥し食用に加工するときの厳しい衛生対策や鶏肉の規格などのガイドライン)を設けています。そのため、全国一律の規制が困難な面もあります。

一方で、鶏刺しや鶏タタキのメニューが地域の食文化から全国へと広がり、生食用ではない肉が店で鶏刺しや鶏タタキとして提供されています。その結果、店での食中毒が増えたのです。

都道府県等は「生食用でない鶏肉の生食提供はやめて。焼鳥もしっかり加熱を」と各店に要請していますが、なかなか聞いてもらえません。