鶏肉は「中心部まで75℃1分間以上」

個人的な話ですが、私の若い友人に3回食中毒にかかった人がいます。すべて、東京のある店の鶏タタキを食べた後に発症。しかし、症状が軽いので回復してしばらくするとまた、食べてしまうとか。「その時は軽くても、後遺症が出るかもしれない」と告げても、聞いてくれません。保健所には届けていないとか。

飲食店が依然として生食を提供する陰には、こうしたリスクを侮る消費行動があります。

厚労省の飲食店向けパンフレット。加熱調理を要請するが、従わない飲食店が存在する
厚労省の飲食店向けパンフレット。加熱調理を要請するが、従わない飲食店が存在する

そして、サラダチキンブーム。やわらかくジューシーに、と追求するあまり、加熱不足でカンピロバクターが生き残ってしまうのでは、というレシピが散見されるのです。

チキンのお食事
写真=iStock.com/kivoart
※写真はイメージです

鶏肉の加熱条件は、牛肉に比べ厚みがなく形が複雑であることや、菌が浸潤する可能性も考えて、中心部まで75℃1分間以上加熱するべき、とされています。70℃なら3分間、63℃であれば30分間です。

近年、鶏肉の低温調理が流行していますが、この加熱条件をしっかりと守らないと安全は守れません。

食品安全委員会の調査事業では、低温調理器を用いて300gの鶏ムネ肉を63℃で加熱した場合、肉の温度が上がるまでに平均68分かかりました。中まで加熱するにはさらに30分間温度を維持する必要があり、調理に計100分ほどの時間を要しました。

70℃や75℃の調理の場合も、同様に肉の内部温度が上がるのに平均して70分程度が必要。その上で、3分間とか1分間の温度維持をしなければなりません。

鶏肉の内部温度も牛肉と同じで、実際には非常に上がりにくいものだ、ということが調理者に理解されているでしょうか。

グラフは、鶏ムネ肉を63℃、70℃、75℃でそれぞれ調理した時の肉内部の温度変化。その温度に達するのに70分近くかかる。殺菌のためには、63℃の場合はさらに30分、70℃は3分、75℃なら1分の加熱維持が必要
出典=食品安全委員会調査事業
グラフは、鶏ムネ肉を63℃、70℃、75℃でそれぞれ調理した時の肉内部の温度変化。その温度に達するのに70分近くかかる。殺菌のためには、63℃の場合はさらに30分、70℃は3分、75℃なら1分の加熱維持が必要

「火を消して放置」は危ない

サラダチキンでよくあるレシピ、「鍋でお湯を沸騰させ、袋に入れた鶏肉をドボン。鍋に蓋をして火を消して放置する」では、牛肉と同じようにあっという間に湯の温度が下がってしまいます。肉の中心部の温度を75℃1分間とか63℃30分間にわたって維持するのは困難です。

ラップで鶏肉をくるっと巻いてソーセージ状にする「鶏ハム」と呼ばれるものも怖い形状。鶏肉の外側の菌が付いている部分が内側に入り込み、殺菌できないまま口にする可能性があります。

なお、鶏肉も十分な加熱が済んでいるかどうか、外見や断面の様子ではわかりません。結局のところ、鶏肉の低温調理は、専用器具で温度を管理するか、鶏肉を鍋の湯の中に入れた後、湯や肉の温度を測定しながら加温し続ける必要があります。

鶏ムネ肉を加熱した時の断面。内部の温度が加熱温度に達した肉(上段)と、一定の温度と時間が維持され食肉製品の規格基準を満たした肉(下段)で外観、断面の様子に違いはなく、見た目では安全性の判断はできない
提供=食品安全委員会
鶏ムネ肉を加熱した時の断面。内部の温度が加熱温度に達した肉(上段)と、一定の温度と時間が維持され食肉製品の規格基準を満たした肉(下段)で外観、断面の様子に違いはなく、見た目では安全性の判断はできない