調味液に漬け込むのも禁止

微生物の専門家で生食用牛肉の規格基準策定のためのリスク評価などにも携わった山本茂貴・食品安全委員会委員長は、こう説明します。

「生食肉の規格基準は、リスク評価に基づいています。と畜後4日目の牛肉は、表面から1cmの部位に多い場合には10個の腸管出血性大腸菌やサルモネラ属菌がいることがわかっています。表面から1cmの部位を60℃2分間以上加熱すれば、菌数が1桁下がる、ということも科学的な実験からわかっているので、この条件をクリアすればそれより内部は菌がいない、ということになります」

いやはや、なんともややこしい。でもこれが、肉の安全を守る科学です。

規格基準ではほかに、刃で肉の繊維や筋を切ったり調味液に漬け込んだりするのも、菌が内部に浸潤するおそれがあるとして禁止されています。加工には専用設備が必要で、調理者も講習会受講が求められ、細かい規定が山ほどあります。だからこそ現在、店で提供されるユッケや肉たたき、タルタルステーキなどは非常に高価です。

(なお、牛レバーは殺菌が難しく、生での提供・販売は食品衛生法に基づき禁止されています)

家庭で、消費者がこれほど厳しい条件をクリアするのは無理。とくに、菌の浸潤が問題です。食肉店やスーパーマーケットから購入した肉がと畜後、どのように扱われたか、菌が浸潤しやすい条件にあったのかなかったのか、消費者が知るのは不可能。したがって、家庭でユッケや肉タタキを作って食べるのはたいへん危険。やめましょう。

ローストビーフの中心部は63℃に達しなければダメ

以上のようなことを知ると、家庭でのほかの牛肉調理も、菌が肉の中に入り込んでいるかも、と考えて、より安全側に立った調理をした方がよい、ということがおわかりでしょう。ローストビーフの調理も、加熱殺菌がポイントです。

そもそも、巷にあふれる多くのレシピはローストビーフと肉タタキの区別ができていないようです。ローストビーフは肉タタキとは異なり、中まで火を通す料理です。

丸いローストビーフ
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※写真はイメージです

ただし、火を通しすぎた肉はパサパサでおいしくありません。オーブンでゆっくり加熱する伝統的なローストビーフは、外側はしっかり焼き、しかし、内側は外側に比べれば低い温度でじっくりと火を通すことで、外側の香ばしさと内側のやわらかくジューシーな肉のうま味を味わうもの。内側は低温かつ殺菌できる加熱条件を満たす、という非常に高度な料理なのです。

そのため、ローストビーフも事業者が客・消費者に提供する場合については、「特定加熱食肉製品」として加熱の基準が定められています。肉の中心部は63℃に達しなければいけません。肉の内部の菌数が表面に比べて少ないこと、ローストビーフの加熱はじわじわと時間をかけて温度が上昇しており菌がダメージを受けていることなども考慮し、「75℃1分間」ほどの厳しい条件は要求されていません。63℃なら瞬時でOK。同等の加熱条件は60℃で12分、58℃なら28分、55℃なら97分などと決められています。