「決める」ではなく「くり返し話し合う」

そして厚労省が出した「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(2007年作成、2018年改訂)は医療界に大きな影響を持った。ここで強調されたのは、自分の人生の最後の医療やケアがどうであってほしいか、家族や信頼できる人と、さらには医療・介護スタッフと、事前にくり返しよく話し合ってほしいということである。

その話し合いをACP(Advance Care Planning)という(通称は「人生会議」)。ACPの要点は、自分の人生の最終段階の医療やケアのあり方を「決める」ことにあるのではない。「くり返し話し合う」ことにある。なぜならば人の気持ちは常に変わるからであり、何度も話し合いの機会を持つと、その人の人生に対する考え方がよく分かるからである。

ACPが提唱される以前にはAD(Advance Directive=事前指示)というものがあった。ADとリビング・ウィルとは基本は同じだが、リビング・ウィルには自分の意思の代理人の指定がない。だが、ADは患者や家族に満足感を与えなかった。ADには「決めた」ことしか書かれていないため、患者の本当の気持ちが分からない。だから、話し合いのプロセスを重視するACPが大事になってきている。

自宅のソファでリラックスした家族
写真=iStock.com/Drazen Zigic
※写真はイメージです

妻と一緒にやってみた「もしバナゲーム」

厚労省はACPの普及に努めているようだが、まだまだ国民の間に浸透していないという調査結果もある。人によっては、これは医療費削減のための厚労省の戦略と批判するが、ぼくはそうは思わない。いや、厚労省にそういう下心があったとしても、ACPはとても大切だと考える。

ぼくは2021年の2月頃に、「もしバナゲーム」というのを妻とやってみた。「もしバナゲーム」とは、「もしものための話し合い」のカードゲームである。カードには、「家族と一緒に過ごす」とか「不安がない」とか「機器につながれていない」とか、人生の最終段階でどうありたいかのキーワードが書かれている。手札から要らないカードを捨て、山からカードを引くことをくり返していくうちに、自分がどう人生を締めくくりたいかが見えてくる。

妻らしいと思ったのは、「ユーモアを持ち続ける」というカードを選んだことだ。いつも明るく笑っている妻には、家族に囲まれて楽しい時間が流れている方がいい。ぼくがこだわったカードは「家族の負担にならない」ということだった。では、病院で死にたいかと聞かれると、何とも答えるのが難しい。死ぬ瞬間を子どもたちに見られたくないという気持ちと、ギリギリまで大好きな書斎で過ごしたいという気持ちがある。いずれにしても、妻に「また、もしバナゲームをやってみよう」と言ってある。