形骸化した日本の農産物ブランド戦略

こう説明すると、「何だ、ブランドか。ブランド野菜なら日本にもいくらでもあるじゃないか」というご指摘もあるかと思います。確かに、日本にも「ブランド野菜」と呼ばれる商品はいくらでも存在しています。すぐに思いつくのは、地域名を冠した農産物です。例えば京野菜、加賀野菜、鎌倉野菜のようなものです。京都、加賀、鎌倉の持つ伝統的で洗練されたイメージを野菜に張り付けているわけです。これらはフランス産という情報の持つ記号的価値と全く同じ使われ方です。

この他にも、夕張メロン、賀茂ナス、九条ネギなどの特定の地域と結びついた野菜もあります。ただし、北海道夕張市で栽培されたメロンだけを示す夕張メロンと違って、賀茂ナスや九条ネギは現在、特定の形状をした品種のナスやネギの総称として流通してしまっている傾向があります。このため、農水省では2015年からGI(地理的表示)登録制度を運用し、登録された産地以外には登録名称を用いることができないという政策を実施しています。

GIは地域ブランド保護のための知的財産の一つとして国際的に広く認知されており、とくに有名なのはフランスのシャンパンです。シャンパン(フランス語では「シャンパーニュ」)と呼ばれるのは、シャンパーニュ地方で作られた発泡性ワインに限られており、それ以外の地域で作られる発泡性ワインは、シャンパンを名乗ることはできません。

ただ、日本のGI制度は、国内では既に形骸化している、というのが私の見解です。2021年10月7日時点で111品目の登録がなされていますが、一般的には全く知名度がない商品が大半を占めています。経産省が推進している地域団体商標制度との違いも一般的には全く認識されておらず、知的財産とは言うものの、ブランドとしての大きな記号的価値を古くから持つシャンパン等と違って、高価な商品価値を持つブランドであるとは到底言えない状況です。

「麦わら帽のお爺さん」のイメージでは高価にはなり得ない

一方、既に例として挙げたJAマークは、まぎれもないブランドとして機能しています。JAマークには、麦わら帽子をかぶった田舎のお爺さんが真面目に畑を耕しているイメージを想起させる効果があるはずです。これはまさに日本の農業イメージそのものであり、農作物に安心感を与える記号としての価値を確かに有しています。

ただ、JAマークがひとりひとりの消費者の最終的な購買行動にまで影響を与えているかどうかは疑問です。麦わら帽子をかぶった田舎のお爺さんが真面目に畑を耕す農業イメージは、日本の農業全体に言えることであり、それでは「差異」を作れないからです。

麦わら帽子をかぶって畑を耕すお爺さん
写真=iStock.com/José Antonio Luque Olmedo
※写真はイメージです

しかもこのイメージは、安心や安全を想起させることはあっても、高価な商品価値とは結びつかない。麦わら帽子をかぶった田舎のお爺さんはむしろ、「清貧」イメージと結びついています。既に大量に流通している日本産の農産物を見れば明らかですが、オシャレや高級などと対極にある「清貧」イメージが高価な商品価値と結びつくことは論理的にあり得ません。