普遍性を目指し続けてきた先に「Lemon」が生まれた
今度はそんな存在に自分がなりたい。そんな思いもあった。何より普遍的な音楽を作りたいという強い意思があった。
「たとえば、誰が作ったかもわからないような童謡が今も残ってるわけじゃないですか。(中略)いろんな人のところに届いて『これは私のことを歌ってる』とたくさんの人が共感して口ずさめるようなものじゃないと、そういう風には残っていかないと思う。自分もそういう強度のあるものを作りたいと思うんですね」(cakes「米津玄師、心論。」2015年12月28日公開)
「時代という大きな流れがあるならば、そういうものを体現したいと思うことはありますね。仮にその流れを決めているのが神様だとしたら、俺はひたすら神様に選ばれたいと思う」(同前、2015年12月30日公開)
「Lemon」という曲は、そうやって普遍性を目指し探求の旅を歩んできた米津にとっての、ひとつの到達点でもあった。
“みんな”の歌ではない曲がなぜこれほど支持されたのか
2019年4月30日、天皇が退位し平成という時代が終わりを告げる。
この月、「Lemon」はCD売上枚数とデジタルダウンロード数をあわせて300万セールスを突破した。サザンオールスターズ「TSUNAMI」、SMAP「世界に一つだけの花」に次ぐ3曲目。名実ともに「国民的ヒット曲」としての数字だ。
死を直接的にモチーフにした曲がここまで巨大なヒットになることは多くない。しかし、大切な人との死別は、誰しもが人生の中で必ず向き合わざるを得ない経験だ。
曲は「今でもあなたはわたしの光」という一節で終わる。
「胸に残り離れない 苦いレモンの匂い」「切り分けた果実の片方の様に」という歌詞にあるように、曲名でもあるレモンは歌に登場する“あなた”と“わたし”の深い結び付きを象徴するモチーフだ。
プラトンの対話篇『饗宴』には、人間はかつて球体だったという説が登場する。自分とぴったり合う半身を探し、一つになることを願う思いが愛の起源であると論じられている。そのことを踏まえて考えると、引き裂かれるような悲しみを表現するモチーフにレモンという果実が選ばれたのは一つの必然だったとも言えるだろう。
そして最も重要なポイントは、これだけ大きなヒットになった「Lemon」という曲が、“みんな”の歌にはならなかったということだろう。300万という数字は、社会現象やブームの勢いに押されたわけではなく、歌が描いた悲しみがそれぞれ“ひとり”の胸の内に深く刺さることで成し遂げられたものだ。
平成最後の金字塔は、そういうタイプの曲であったのだ。