ヒット曲が出づらいと言われている音楽シーンで、米津玄師の「Lemon」はCD売り上げ枚数とデジタルダウンロード数を合わせて300万セールスを突破し、歴史的なヒットとなった。音楽ジャーナリストの柴那典さんは「『Lemon』の凄いところは、これまでのヒットの法則を変えたところだ」という――。

※本稿は、柴那典『平成のヒット曲』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

聖書は教会のニーラーにあります
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楽曲制作の途中に「じいちゃん」が他界

「じいちゃんが“連れて行ってくれた”ような感覚があるんです」

米津玄師は「Lemon」を作ったときのことについて、筆者の取材に応えてこう語っている。(『音楽ナタリー』2018年3月13日公開)

夢ならばどれほどよかったでしょう
未だにあなたのことを夢にみる

こんな歌い出しから始まる「Lemon」は、大切な人を失った悲しみや喪失感を痛切に歌い上げる一曲だ。

最初のきっかけはドラマ主題歌のオファーだった。

『逃げるは恥だが役に立つ』のヒットで名を上げた脚本家・野木亜紀子が手掛けるドラマ『アンナチュラル』(TBS系)の主題歌として書き下ろされたこの曲。法医解剖医を主人公に「不自然な死(=アンナチュラル・デス)」を遂げた遺体の謎を究明していくストーリーには、家族や愛する人の予期せぬ死や理不尽な死に直面し、遺された人々がたびたび登場する。

「傷付いた人を優しく包み込むようなものにしてほしい」。ドラマ制作側からはそんなオーダーがあった。当初はその依頼に忠実に作り始めた。米津にとっても死は自身の表現において重要なテーマの一つで、物語の内容とリンクするものも感じたという。その楽曲制作の途中、2017年12月に、米津の祖父が他界する。

「すごく個人的な曲になったような気がします」

最初はドラマと自分の中間にあるもの、そこにある一番美しいものを目指して作り始めたんです。でも、そうやって自分の目の前に死が現れたとき、果たしてそれは一体どういうことなんだろうって思って。今までの自分の中での死の捉え方がゼロになった。それゆえに、また1から構築していかなければならなくなった。気が付いたらものすごく個人的な曲になったような気がします。(同前)

ドラマの放送開始は2018年1月だ。米津は2017年11月に4thアルバム『BOOTLEG』をリリースしたばかりである。DAOKO×米津玄師名義の「打上花火」、菅田将暉をゲストボーカルに迎えた「灰色と青」など人気曲を多数収録した『BOOTLEG』は初週売上16万枚を記録しオリコン週間アルバムランキングで初登場1位と、ブレイクの渦中にあった。11月から12月にかけてはアルバムを引っさげた全国ツアーも開催されていた。

前述の取材で、米津は楽曲制作について「ひたすら深海まで潜っていって、その一番下のほうにあるものを取って戻ってくるような作業」と語っている。

ツアー中に曲を作る経験は初めてだった。無理矢理にでも心のスイッチを切り替えざるを得ない多忙な日々の中、まさしく肉親の死を目の前にした人の立場で曲を作ることになった。「傷付いた人を優しく包み込む」というよりも、ただひたすら「あなたの死が悲しい」ということを歌う曲になったと彼は語っている。

そんな状況で作られた歌が、結果的に、歴史的なヒットとなる。