宮端の時代からの「ハガキチェック」も徹底している。定期観光の際に配るガイド冊子やバスの前方に、アンケートハガキを用意しているが、年5000通ほど戻ってくる。回収したハガキは、社長以下役員が全員目を通し、苦情については、担当部署で現場の状況をヒアリングして対応策を検討する。なかには「2度と乗らない」といった厳しい声もある。
さらに月1回の「ハガキチェック会議」では、役員と、各部の責任者が重要な意見や要望、苦情について検討、対策を話し合う。
「ハガキはラブレターの返信。ラブレターをお送りし、お返事を受け取って、そこからまたいろいろ考えて、新たなご提案をしていくのです」
この愚直な繰り返しこそが、瀕死のはとバスの息を吹き返させたのだ。
「意識を変えるにはまず、形を整えることから入る」と語る松尾。社内掲示板の重要部分を赤い縁取りに変えて目立たせた。毎日の点呼の際はドライバーを点呼台の指定位置にきちんと立たせることで気持ちを「私」から「公」に切り替えさせる。
10年の歳月をかけ、3人の社長が注いだ熱意のリレーはようやく1つの安定に辿りつこうとしている。そして2010年は創業62年目。09年末、松尾の下に、リピーターの顧客から1通のハガキが舞い込んでいた。
「最近のはとバスは、おもてなしの心に欠けている人がいる」
これが「蟻の一穴」になれば、また逆戻りだ――。そう感じた松尾は、もう1度原点に立ち返るために、この冬、宮端の時代に行っていたCS研修に全社員で臨むつもりだ。
(文中敬称略)
※すべて雑誌掲載当時
(澁谷高晴=撮影)