DV妻との離婚

その日、哀川さんに紹介された矢作厚弁護士(仮名)に会い、妻からのDVについて話し始めた途端、橋本さんはまた号泣してしまった。

「いっぱい泣いたらいいよ」と言われ、少し落ち着いてくると、橋本さんはゆっくりと話し始めた。矢作弁護士は時々メモを取りながら、何度も相槌を打ってくれる。

「恥ずかしいという気持ちは全くなく、いつまでも口が動きました。私はずっと、誰かに話したくてたまらなかったのかもしれません。誰かに聞いてもらい、『そりゃひどいね』と、言われたかったのかもしれません」

ボイスレコーダーを聞かせると、数分で矢作弁護士は「奥さんきついね」と苦笑して音声を止めると、「幸男くんはどうしたいの?」と訊ねる。

日本の弁護士バッジ
写真=iStock.com/takasuu
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「貯金も親権も車も、何もかもすべて妻に渡します。養育費も払います。とにかく離婚がしたいです!」橋本さんは即答。

聞けば、哀川さんは、橋本さんほど大事に至らなかったため、矢作弁護士は、DVによる離婚調停も裁判も未経験だと言う。橋本さんが「離婚できるでしょうか?」と不安げに訊ねると、「できるでしょ!」と笑った。

その後、矢作弁護士は、

・精神科を受診し、診断書をもらってくること
・妻が電話してきたり、会いに来たりしても、無視すること
・ボイスレコーダーを文字起こしすること

の3点を実行するよう橋本さんに言い、それらを基に書類を作成。矢作弁護士が妻に書類を送ると、あろうことか妻は矢作弁護士に電話をかけてきて罵声を浴びせたらしい。矢作弁護士は、「奥さんヤバいね!」と笑った。

精神科を受診した結果、橋本さんは「適応障害を伴ううつ病」と診断。妻から離れて気が緩んだのか、橋本さんには右耳の難聴や胃痛など、さまざまな不調が現れた。

2010年7月、離婚調停。3人の調停員は、「なぜ離婚を決意したのか」を訊ね、橋本さんはこれまで受けてきた妻からのDVを話すが、いまひとつピンときていない表情。そこで矢作弁護士が、「じゃあ音声を聞いてもらいましょう」と言い、再生すると、たちまち調停員は眉間にシワを寄せ、ゆっくりと頷いた。

しかし、離婚調停は不成立。離婚裁判へ持ち越された。

2010年11月、1回目の離婚裁判。矢作弁護士は、裁判所を通じて事前に妻が所有している銀行口座を調べたところ、橋本さんがうっすら記憶に残っていた男性の名前での複数回の振り込みが見つかる。「これで妻の不倫が立証できる。相手の弁護士もまずいと思ってるだろうね」と言った。橋本さんは、約半年ぶりに妻と法廷で対面した。