DV妻からの逃走

2010年5月。橋本さん(当時31歳)は娘たちを保育園に送り届け、妻(当時26歳)が外出すると、車にパソコンなどの商売道具を積み込み、同じ自営業者の従兄弟に連絡。事情を説明すると、「すぐにおいで!」と言ってくれた。

従兄弟の仕事場に到着すると、40代くらいの哀川(仮名)という男性を紹介される。なんと哀川さんは、精神的DV離婚経験者だった。

橋本さんの話を聞くと、哀川さんは、「一回奥さんとこに戻りな」と言う。離婚するなら、①逃げ出した理由とその証拠、②相手が「離婚したくない」となったとき、第三者に「この2人は夫婦として修復不可能」と思わせる証拠、この2点が必要となる。それらを集めるために、「家に戻りなさい」と言うわけだ。

橋本さんはすぐに、哀川さんと家電量販店へ。哀川さんは、「お金を持たされていないだろ?」と言って、ボイスレコーダーを自腹で購入してくれた。

見ると、橋本さんの携帯は、妻からの着信やメールがすごい量になっていた。橋本さんが家に戻り、娘たちを寝かせると、妻からの追及が始まる。

橋本さんは、震える手でボイスレコーダーをオンにした。

ボイスレコーダーをオンにする手元
写真=iStock.com/maotonfi
※写真はイメージです

妻は、「お前はあたしの言うこと聞いてりゃいーんだよ! 何回言えばわかんの?」から始まり、耳を疑うような汚い言葉が次々に飛び出してきた。やがて妻は橋本さんの両親までののしり始め、「お前の命なんてどーでもいいんだよ!」で終わった。

翌日、橋本さんは無意識に、かつて親友だったが妻のせいで疎遠になっていた滝沢(仮名)さんに電話していた。滝沢さんは事情を聞くと、すぐに来てくれた。滝沢さんの車に再び商売道具を詰め込み、橋本さんの実家へ向けて出発。車の中でこれまでの経緯を話し、実家に到着すると、「いつでも連絡してこいよ!」と言って滝沢さんは去った。

実家の玄関を開けると、びっくりした様子で母親が出てきた。橋本さんが「離婚しようと思う」と言うと、母親は「そう……」と頷いた。

しばらくして妻から電話がかかってきた。無視すると、メールが届く。「今から行くから待っとけよ!」。橋本さんはボイスレコーダーを握りしめた。

深夜に妻が到着。橋本さんが、車の中で眠る娘たちを抱きかかえて家の中で寝かせていると、出迎えた母親が妻を応接間に通す。

応接間に行くと妻は、「昨日あれだけめちゃくちゃに傷つけてやったのに、まだあたしに反抗するのかこの野郎! 逃げることも、反抗することも許さない! 黙ってあたしに従っていればいいんだよ!」と言い放つ。

「それじゃあ奴隷と一緒じゃないか……」橋本さんがぽつりとこぼすと、「そうだよ! 奴隷なんだよ! お前はただあたしに従って、馬車馬のように働けや!」と嘲笑。その後もひたすら汚い言葉を妻は吐き続けた。

「そろそろ、帰ってくれる?」ふと、橋本さんは無意識に口にしていた。「はあ? 帰るわけねーだろが!」「じゃあ、実家に迷惑かけたくないから一緒に帰ろう」。橋本さんは、妻が乗ってきた車に商売道具を積み込み、眠っている娘たちを乗せ、家に向かった。

家に着くと娘たちを寝かせ、仕事道具を元通りにし、橋本さんは仕事部屋に残る。

深夜2時。橋本さんは寝室に行き、眠っている長女を抱きしめ、次女の頭をなでて、外に出た。橋本さんは寝間着姿のまま、わずかなお金しか入っていない財布を持って家を出た。

歩いていると、早朝、母親から昨晩のことを聞いた父親が電話をしてきた。実家に向かっていることを伝えると、「身体は大丈夫か? ちゃんと帰ってこれるか?」と父親。「もう、しんどい」と言った途端、橋本さんは声を上げて泣き出した。誰もいないスーパーの駐車場で、うずくまるようにして号泣した。

「すぐに行くから待ってろ!」

父親が到着するまで、橋本さんは哀川さんに連絡する。哀川さんは録音に成功したこと、逃げ出してきたことを聞くと、「弁護士に連絡するから待ってな」と言った。