選手の短所は目立たなくするぐらいでいい

コーチになると決めた際に決意したことがあります。それは、選手時代に関わったコーチのコーチングのやり方を参考にしたり反面教師にしたりする、ということです。

もちろん、親身になって指導してくれ信頼を寄せていたコーチもたくさんいるのですが、正直なところ、合わないと感じた経験も多々ありました。自分が選手時代にダメだと思ったコーチングを繰り返すようなことはするまいと、固く心に誓いました。

自分が受けてきて疑問を感じたコーチングについてはこれまでも書いてきましたが、中でも多くのコーチが失敗してきたであろう指導が「短所の改善」です。

選手の短所とどう向き合うのかという点で自分なりのやり方を貫いていることが、私がコーチとして少しは結果を出せている要因だと考えています。極論で言えば、選手の短所には手をつけず、できるだけ目立たないようにするだけで十分なのです。

なぜなら、短所を修正させようとすることで長所も同時に消えてしまい、結局何も残らないということが起こりがちだからです。この点で、今も多くのコーチが失敗していると私は感じています。

例えば、通常の投球は良いのにクイックモーションが苦手だという投手に対して、コーチはどうしてもその練習ばかりさせてしまいがちです。確かにクイックモーションもある程度はさせなければなりませんが、その苦手さを意識させてしまうことで本来の力が出る投球フォームの自信まで失わせてしまい、投球に悪影響を及ぼすことがあるのです。

指導の最優先は長所を消さないこと

私は意識的に、短所に目を瞑るようにしています。短所を修正する取り組みも当然行いますが、その過程で長所も薄れてきていると感じられる場合は、一旦、短所の改善作業をストップします。

まずは伸ばせるだけ長所を伸ばし、それから短所に手をつける、という方針に変えるのです。短所に目を向けるより、自分の代名詞はこれだと言えるようなオンリーワンの武器を見定めて、まずはそれを徹底的に強化していくことが重要だと考えています。

また、投手としてさらなるスキルアップを目指す場合にも注意が必要です。

例えば、良いストレートを持っている投手にカットボール(ストレートと似た軌道のまま最後に少し曲がる球)を習得させたいとします。その目的で、最後に手元で曲げるための練習を多く課すと、ストレートのレベルが落ちてしまうことがあるのです。

選手時代の例で言えば、二つ年下の篠原貴行が印象的でした。中継ぎとして長く活躍し、特にストレートの勢いとキレが見事で、ダイエーホークスの初優勝の原動力となった投手です。

倉野信次『魔改造はなぜ成功するのか』(KADOKAWA)
倉野信次『魔改造はなぜ成功するのか』(KADOKAWA)

彼はある年の秋のキャンプで、翌年以降の先発登板も視野に入れるべく、緩急を身につけようとチェンジアップの習得を目指すことにします。しかし、その練習を続けたためにストレートの勢いが無くなってしまい、結局チェンジアップを諦めてしまいました。

このような経験から、長所が消えないことを指導の最優先にするよう他のコーチにも伝えています。しかし、口で言うのは簡単ですが、実践するのはかなり難しいでしょう。短所はどうしても目に付きますし、改善しなければならないという発想に陥ってしまいがちだからです。

また、コーチングというのは一人で行えるものではないため、他のコーチやフロントの理解が必要なこともネックになる場合があります。ホークスでは短所に目を瞑るやり方ができますが、環境によってはどうしても、昔ながらの考え方が支配的になってしまうこともあるでしょう。短所は目立たなくするだけで十分、という考えが定着することが望ましいと思います。

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