投球フォームはいじらない

下半身と体幹を鍛えることで球速が上がるのは間違いありませんが、プロまで上がってきた選手に対しては最も注意すべきポイントがあります。それは、「筋力が十分につくまでフォームをいじらない」ということです。

経験上、これは簡単なようで一番難しく、また最も重要なポイントなので、毎年必ず投手コーチ陣全員で共有します。特にルーキーに関しては、どれだけ目に付くような部分があったとしても、一定期間フォームについては見守ってくださいと念押ししています。

なぜフォームをいじらない方がいいのかと言えば、そのフォームによるパフォーマンスが評価されて、その選手はプロ入りしているからです。一般的な投球理論と比べてどれだけ変則的なフォームであっても、選手本人がそのフォームで良いパフォーマンスを出しているのであれば問題ないと私は考えます。しかし、コーチには自分なりの理論があるもので、フォームの欠点と思えるものが目立つ場合、どうしても修正させようとしてしまいます。

例えば、踏み出した足が軸足よりも内側に着地する「インステップ」。身体の動きをボールに伝え損ねているはずであるという理由から、修正しなければならないフォームだと考えるコーチが多くいます。あるいは、上半身と下半身の動きが合っておらずバランスが悪い、という指摘をするコーチもいます。

しかしフォームを修正させようとすると、最悪の場合、自分の投げ方を忘れてしまいますし、これまでどうやって良いパフォーマンスを出してきたのかも思い出せなくなりかねません。

フォームを修正させようとすることが、投手が伸び悩む大きな要因の一つだと私は考えています。選手時代もコーチ時代も、コーチが我慢できずフォームに口出しをしてしまう場面を何度も目にしてきました。

私は、正しい投球フォームはこうあるべきという考えは持たないようにしていますし、仮に修正すべき点が見つかっても、筋力がつくまでは目を瞑るようにしています。他の選手と比べたり、決まった型に当てはめようとしたりするのではなく、どこで力をロスしているのかを見極めながら、その選手に合った形を微調整で作り上げる意識を持つということです。

コーチの中には、腕を振り上げてリリースするまでのテイクバックの動作を修正させようとする人も多いのですが、私はテイクバックの修正には特に気をつけており、基本的にはいじらないようにしています。これによって最悪の場合、イップスに陥ってしまうからです。

テイクバックは投手にとってほとんど無意識に近い動作で出来上がったもので、身体に染みついています。その動きを意識させることで自分の投げ方が崩れてしまうことが多いのです。投手自らテイクバックを修正しようとすることは問題ありませんが、他人が指摘する場合は注意が必要だということです。

私の場合、どうしても修正が必要だと感じたら、何らかの練習やトレーニングによって、「テイクバックを修正させようとしている」とは投手本人に気づかせないまま、自然と改善するようなアプローチを取ります。直接的にテイクバックの修正を指示する場合であっても、投手本人の感覚を逐一確認しながら、違和感があれば修正自体を取りやめることにしています。

野球場の選手とコーチ
写真=iStock.com/PICSUNV
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コーチによる修正は時に選手の障壁にもなる

フォームは、投手が壁にぶつかった時に修正するのが正しい順序です。この点については、かつてのチームメイトで同じ三軍で一緒にコーチも務めた先輩の若井基安さんの言葉が印象的でした。

「選手が壁にぶち当たる前に、コーチが壁を作るなよ」

若井さんのアドバイスです。コーチによるフォームの修正は、時に、投手にとって障壁になってしまうということです。若井さんにそう言われる前から、感覚的に理解していたことではあったのですが、明確に言語化されたことで改めて腑に落ちました。

既に筋力のある投手の場合は、技術的な部分を変えなければ球速は上がりません。しかし、球速アップの秘訣は基本的に、フォームの修正は保留した上で徹底的に筋力をつけさせるだけ、なのです。

他球団では、アマチュア時代よりも球速が落ちたという話を聞くことがありますが、ホークスでは、球速が上がるまでフォームをいじらないことを徹底して以降は、怪我以外の理由で球速が落ちたケースはほとんどありません。

「魔改造」の秘密は、実は単純なものなのです。