この秋、トヨタが軽に参入する。「死活問題や!」とダイハツディーラー。スズキは間隙を突いて首位に返り咲くのか。そして三菱・日産が提携で目指すものは……。今、この市場から目が離せない。
<strong>滋賀ダイハツ販売社長 後藤敬一</strong>●1958年生まれ。社員教育をどの業務よりも最優先することがポリシー。高い実績を残し、数々のメーカー表彰を受賞。滋賀の道を走る車の9~10台に1台は同社が販売している。
滋賀ダイハツ販売社長 後藤敬一●1958年生まれ。社員教育をどの業務よりも最優先することがポリシー。高い実績を残し、数々のメーカー表彰を受賞。滋賀の道を走る車の9~10台に1台は同社が販売している。

滋賀ダイハツ販売社長の後藤敬一は、トヨタ参入について次のように話す。

「マークが違うだけで車両の中身は同じです。しかし、トヨタというブランド力は脅威。当社としては、お客様へのサービスを高めることで防戦していくしかありません」

例えば、お父さんがプリウスに乗っていて、お母さんと娘さんはムーヴやミラなどダイハツの軽に乗っている家庭はそれなりに多い。このケースで、トヨタの営業マンが、お母さんと娘さんにトヨタの軽を勧めるのは、間違いない。女性は大きなブランドになびきやすい。

ちなみに、「トヨタの営業マンはOEMの軽を売っても営業成績にはならない」(トヨタ販社幹部)そうだが、整備や車検に加え、すぐにでなくとも軽から小型車への買い替えにもつながる可能性はある。その意味で、お母さんと娘さんを切り崩すメリットは大きい。

後藤は「(トヨタの攻勢を)何としても阻止します。お客様とのパイプを強くし、(軽のメーンユーザーである)女性が一人で来店できる店舗の拡充、店頭での販売力強化を進めたい」と話す。
なお、滋賀県の自動車保有台数は約100万台。このうち、滋賀ダイハツだけで10万台以上ある。つまり、道路を走る「9台に1台は当社が売った車」(後藤社長)と、圧倒的に強い。同社の整備業者など業販店による販売比率は約65%を占め、ダイハツ全体の約50%よりはるかに高い。ダイハツに限らず、地方ほど業販店への依存度は増す。

後藤は社員に「トヨタがやってくる。どうすることもできない。しかし、強い相手と闘うことで我々も強くなれる。安売りにはならないので、サービスを含めた総合力で勝負だ」と鼓舞している。

構図としては、軽をめぐるダイハツVSトヨタの戦いである。この間隙を突いて、スズキ、さらには日産・三菱連合が滋賀ダイハツの牙城に攻め入りそうだが、後藤はさりげなく言う。「スズキやほかの会社については、何ら想定していません。一番強いのはトヨタ。(対抗するため)業販との関係も強固にしていく」。

「(軽に)本気出しません」と東京トヨタ自動車会長深津泰彦氏。

「(軽に)本気出しません」と東京トヨタ自動車会長深津泰彦氏。

東京トヨタ自動車の深津泰彦会長は「販売する手間は、軽も登録車も変わらない。いままで登録車を月平均5台売っていた営業マンの場合、軽を1台売ると登録車は4台という計算になる。軽が1台入った分、売り上げも利益も下がってしまう。軽ユーザーを囲い込めるというメリットはありますが」と話す。

さらに、「トヨタにとってOEMは諸刃の剣。ヴィッツが売れなくなるから」(ライバル社首脳)との指摘もある。東京トヨタではOEMの軽を扱わないが、ネッツ店、カローラ店のほか、08年の軽の構成比が5割を超える県(福岡を除く九州、四国全県、青森など)ではトヨタ店、トヨペット店でも軽を扱っていく。

「うちはダイハツブランドの軽を、プラスアルファで売るだけ。本気を出しません。トヨタのディーラーはヴィッツのお客様が軽に流れるのは食いとめなければならない。営業マンの務めです」と深津。つまりは、トヨタ系の中にも軽積極派と慎重派とが混在するのだ。(文中敬称略)

(田辺慎司、藤井泰宏=撮影)