一度今の職を手放したら、元に戻れる保証はない

つまり常に経済的に困窮した状況で生きることになるが、そこから再び生活レベルを上げるのは容易なことではない。日本では退職してからの空白の期間、いわゆる「ブランク」に寛容であるとは言えず、選考の際には、ブランクに対して何らかの「正当な理由」を求められることが多い。これまで話を聞いた人々の中には、再就職を希望しているにもかかわらず仕事が見つからず、雇用が安定しない派遣労働や日雇いの仕事以外の選択肢がないケースが多く見られた。

運良くすぐに安定した収入を得られる仕事に就くことができればいいが、そうできない可能性も大いにある以上、『年収90万円で東京ハッピーライフ』を実践するうえで「やってみて厳しければまた就職すればいい」と考えるのは、あまりにも甘い考えであると言わざるを得ない。

さらに、今はいくら若くて健康であっても、何らかの病気や怪我に見舞われると、たちまち収入は途絶えてしまう。個人的には、今の仕事で疲弊しているなどの事情があるなら退職して静養するなり転職するなりした方がいいと思っているが、「インフルエンサーが言っていたから」今の職や生活を手放すのであれば、あり地獄に自ら身を投じにいくようなものだと思う。

無責任に扇動するインフルエンサー

私は以前、オンラインサロンが一大ブームになっていた時期に、一部のインフルエンサーたちが「大学なんか行かずにオンラインサロンに入れ」「“社畜”をやめてブログで生きていけ」と扇動していたのを批判したことがある。

すべてのオンラインサロンが悪、というわけではもちろんない。しかし当時のブームは見ているかぎり異様な光景であり、インフルエンサーたちの発信に熱狂し、真に受けてしまった結果、実際に大学や仕事を辞めた人も存在した。そうした扇動を行った人々は「大学や仕事を辞める決心」を「いいぞいいぞ」と後押しこそすれど、今彼ら彼女らが身を置いている環境を捨てるリスクを説明することも、うまくいかなかったときにどうすべきかを一緒に考えることも、責任を負うこともない。

新興宗教やネットワークビジネスなどでは、信者が組織から逃れにくくするために、外界とのつながりを遮断させ、継続的に経済力を奪う(高額の商品を買わせる、お布施として搾取する)などの手口が広く横行しているが、一部のオンラインサロンでも似たような手法が取られていたのだ。