河野太郎が語る「風呂場の番記者」
いかにアクセスジャーナリズムが日本のマスコミ界にはびこっているのかを示す衝撃的エピソードが一つある。権力者の自宅に上がり込み、風呂場の浴槽の中に隠れる番記者の話である。
私が「風呂場の番記者」の話を聞いたのは2012年のことだ。同年、衆院議員の河野太郎が拙著『官報複合体』の単行本版を読んで気に入り、数回にわたって私との対談に応じてくれた。その中で自分の若いころを振り返り、父・河野洋平を担当する番記者の話をしたのである(父・洋平は外相や衆議院議長を歴任した大物政治家)。
対談をまとめた共著『共謀者たち』の中で、河野は「風呂場の番記者」について次のように回想している。
〈夜、父が帰ってくると、一緒に父の番記者が、ぞろぞろと宿舎に上がってきた。次々と入ってくる記者たちの革靴で、玄関は埋め尽くされた。
私はしばらく記者たちにビールやウィスキーの水割りをつくって出したりしていたが、父が記者たちと懇談している最中にひと風呂浴びてしまおうと、その場を抜けて浴室に向かった。風呂場に入り、浴槽の蓋を開けると、スーツを着て、靴を持った男と目が合った。
私はびっくりして後ずさりした。男は口に指を当て、小さく「シッ」。私も知っている記者だった。
「どうしたの、こんなところで」
「他の記者がいたら聞けない話があるから隠れている。オヤジさんも知っているから、みんな帰ったら呼んで」〉
ここには権力者との「アクセス」を求めて血のにじむような努力をしている記者の姿がある。権力者に気に入られ、耳寄りな情報をいち早くリークしてもらうためには、何でもしなければならない――。アクセスジャーナリズムから「権力のチェック役」は生まれない。
タブーに果敢に挑戦するというスタイルを貫いている
私は河野と対談しているうちに「政治家の中では彼は問題意識も行動力も頭一つ抜けている」との印象を抱くようになった。
2020年9月に菅政権の行政改革大臣に抜擢され、次期首相の一人としても注目されるようになった河野。昔からタブーに果敢に挑戦するというスタイルを貫いている。
例えば、対談中には具体的な数字を示しながら、「電力業界が原発政策を有利に進めようとして、言論抑圧を狙ってマスコミに多額の広告費を使っている」などと断じていた。経産省とマスコミを敵に回しても怖くない――そんな気概を見せていた。
自分で証拠を集めて問題点を浮き彫りにするというのが河野流であり、ここには調査報道と共通する部分がある。彼にとってアクセスジャーナリズムが奇異に見えるのも当然である。(文中敬称略)