アマゾン創業者ベゾスに密着取材せずに特報

海外に目を向ければお手本はいくらでもある。例えば2021年3月中旬にニューヨーク・タイムズに載った調査報道「アマゾンはどうやって労働組合をつぶしたか」だ。

当時、アマゾンでは初の労働組合結成の是非を問う従業員投票が進行中であり、世界的な注目を集めていた。そんななか、同紙の独自取材によって、アマゾンによる強圧的な組合つぶしの歴史的構図が明らかになったのである。

コロナの感染拡大を背景にアマゾンの物流倉庫で働く従業員は過酷な状況に置かれていた。何千万人ものアメリカ人にとってアマゾンは必要不可欠なツールになり、倉庫内の従業員(全米で合計50万人以上)は感染リスクにさらされながら限界状態で働かされていたのだ。

ニューヨーク・タイムズはどうやってスクープをモノにしたのか? 創業者兼最高経営責任者(CEO)のジェフ・ベゾスに密着取材して真相を暴いたのだろうか?

私は非常勤講師を務める早稲田大学大学院で、ジャーナリスト志望の大学院生に聞いてみた。すると、異口同音に「ベゾスに取材しても駄目。従業員側に取材して情報を集めたはず」との答えが返ってきた。正解だ。プロのジャーナリストでなくとも答えは簡単に分かるのである。

記事中で同紙は取材の経緯を明らかにしている。それによれば、内部文書を入手するだけでなく従業員側に密着取材してウラ取りを進め、経営側による脅しの実態を暴いている。

同紙は明らかにベゾスには直接取材できていない。それどころか、公式取材をすべてはねつけられている。常に「ノーコメント」という対応しか得られていないのだ。出入り禁止状態にあったといえよう。

仮に記者がベゾスと一緒に酒を飲んだり、ゴルフを楽しんだりする関係を築いていたとしよう。ディープな情報を得て国民の知る権利に応えられただろうか。

早稲田大の大学院生が見抜いたように、酒を一緒に飲んでいるからといって、組合つぶしての実態についてベゾスが赤裸々に語るはずがない。アマゾンの不利益になるからだ。むしろ「組合=悪」という図式を持ち出して、猛烈に記者を丸め込もうとするだろう。

国務長官をファーストネームで呼べる記者は無用

アメリカで調査報道の金字塔とされているウォーターゲート事件特報を振り返ってみよう。時は1970年代前半。民主党本部への盗聴・侵入事件を端に発した一大政治スキャンダルであり、最終的にはニクソン政権が退陣に追い込まれている。

ウォーターゲート事件をすっぱ抜いたのは、ワシントン・ポスト紙のボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインだ。2人も20代後半の若手記者であり、ワシントン政界の権力中枢からは相手にされていなかった。

当時の同紙編集主幹ベン・ブラッドリーは「国務長官ヘンリー・キッシンジャーをファーストネームで呼べるような記者は、ウォーターゲート事件の報道では無用の長物だった」と語っている。賭けマージャン式の密着取材を頭から否定しているのだ。ここからは本物の特ダネは生まれないと考えているのだろう。

ちなみに、2人の取材源は「ディープスロート」として紹介されるだけで、謎に包まれていた。しかし事件から数十年後になってディープスロートの正体が明らかになった。事件当時の連邦捜査局(FBI)副長官マーク・フェルトだ。

誤解のないように一つだけ指摘しておきたい。フェルトへの取材は権力への密着取材とは異なるということだ。リトマス試験紙となるのは、正体がバレた場合に取材源が組織に報復されるかどうかである。フェルトは明らかに報復される状況下に置かれていた。だからこそ何十年にもわたって取材源秘匿の原則が適用されたのである。