削減目標は「否定的なイメージを助長しかねない」
今回のことで、社会の成熟を感じさせる動きもあった。認知症の削減目標の報道後、新聞社が懸念と批判を提示したのだ。朝日新聞は、社説で「認知症に対する否定的なイメージを、助長しかねないと懸念する声がある」「予防に努めれば認知症にならないかのような印象を与える目標の打ち出し方は問題」(2019年5月21日付)と書いた。これまで認知症について否定的なイメージを多く繰り出してきた大新聞に、明らかな進歩の跡がみえた。
認知症の人たちで作る当事者団体も、「認知症になる人は予防の努力が足りないからだ」という間違った考えから新たな偏見が生まれかねないと批判の声をあげた。与党内からも疑問視する声が出たという。
結局、同年6月になって、「認知症削減の数値目標」は撤回に追い込まれた。朝日新聞(2019年6月5日付)の記事によれば、厚労相は「予防の取り組みは、認知症の人の尊厳を守り、共生の議論の上で進めることが大前提」と述べたという。
根拠なく、できもしない予防策をもとにした目標の愚かさに政府が本当に気づいたのだとすれば、遅すぎることではあるが、それも社会の進歩の一端といえるのかもしれない。
アミロイド撃退薬に飛びついたメディアの罪
認知症に対する社会の関心はとても大きいので、例えば次のような話を講演ですると、とても驚かれる。「アルツハイマー病を代表として認知症の原因はわかっていないので、確かな予防法も根治療法もありません」。さらに最近、一般の聴衆の方から「脳にたまるアミロイドたんぱくが原因とわかったとテレビでやっていた。アミロイドをなくす薬がもうすぐできると聞いた」と、時々反論を受けるようになった。
このテレビの情報は、半分正しく、半分間違っている。
アミロイド、正確にはアミロイドベータたんぱく(以下アミロイドと略)は認知症の人の脳に蓄積する物質だ。かつては、アルツハイマー病の人の脳に沈着するものとして、老人斑と呼ばれる物質が知られていた。認知症研究者が、亡くなった患者の脳を解剖して調べることによってみつけたものだ。この老人斑の実体が、アミロイドという異常たんぱくだった。
一時は、アミロイドがアルツハイマー病の主な原因で、アミロイドをなくせば認知症を治せると、世界中の研究者がわき立った。アミロイドをなくす薬の研究も世界中で始まった。講演で反論された聴衆の方がみたテレビ番組は、おそらくそれを取り上げたのだろう。しかし現在の医学界は、すでにアミロイドが主な原因だという見方はなくなってしまった。
テレビやメディアはどうしても人々の関心を引く情報に飛びついてしまう。その時の期待の高まりのままに、いまだ確定的でない事実まで報じてしまう。それを一般の人々が信じてしまうと、過剰に期待を抱かされ、結局はぬか喜びに終わることになる。当時からの研究で「アミロイドをなくす薬」の開発も続いているのは間違いないが、それが認知症を「治す」薬になるわけではない。