※本稿は上田諭『認知症そのままでいい』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。
政府の「認知症を減らす数値目標」の衝撃
認知症を減らすための数値目標なるものが2019年5月に政府から発表され、メディアに大きく取り上げられた。70歳代での認知症の人の数を、2025年までの6年間で6%減少させるというものだ。これを、認知症に関する国家戦略となる認知症対策の「大綱」に新しく盛り込むとされた。会見で根本匠厚労相(当時)は「十分実現可能な目標」と語っていたという。
この報道を耳にした時、私は何かの間違いではないか、エイプリルフールのニュースではないかと一瞬頭をよぎるほどだった。報道内容は、あり得ない話だからである。大部分の認知症は、医学的になぜ起こるのか原因は明らかではない。それゆえ、根治療法はなく確かな予防法もない。それをどうやって減らすというのか。政府の専門家の方々は世界が驚く予防法の大発見でもしたというのだろうか。
報道によれば、運動不足解消の活動や保健師らの健康相談、予防の取り組みガイドライン作成などを通じて削減を目指すのだという。これまで「大綱」では認知症の人との「共生」を柱にしていたが、今後は「予防」との2本柱にするという。
予防法がない病気をどう「予防」するのか
奇妙でおかしなことである。医学的に予防法はないのに、予防を柱にするという。幻想やイメージだけに頼って、政策を決めているとしか思えない。
予防策の一つとして具体的に言葉にあがった「運動」についていえば、現時点の医学的常識では、認知症の予防とはならないことがわかっている。2018年1月に米国で発表された世界の医学論文の大規模データ分析で、運動の予防効果には医学的根拠がないとされた。
2019年には、運動不足は認知症の危険因子(病気を引き寄せる要因)とはいえないという英国の大規模研究も発表された。認知症を避けようと運動不足を目のかたきにしても仕方ないということである。