新型コロナウイルス感染症が広がり始めてから1年半以上になり、「対策疲れ」に陥る人もいます。なぜ対策疲れが起こってしまうのか、どうすれば乗り越えられるのか、精神科医の井上智介さんが解説します――。
居酒屋で乾杯するグループ
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気のゆるみの原因は「正常性バイアス」

新型コロナウイルス感染症の長期化が感染疲れを生み出し、気のゆるみにつながっています。

この背景にあるのが「正常性バイアス」です。正常性バイアスとは、緊急事態や異常事態が起きても、都合の悪い情報を無視したり、事態を過小評価したりして「自分は大丈夫」と考えてしまう心理を指します。

もともと人間には、ある程度までのリスクに対しては過剰な反応をしないしくみが備わっています。ささいなリスクに反応していたら、それだけで疲れてしまって、行動できなくなってしまいます。正常性バイアスは、ある意味自分の心を守ってくれる反応であって、決しておかしなことではありません。「リスクに対する反応の精神的な余白」とも言われています。

よく例に出されるのが、火災報知機のベルです。建物の火災報知器が鳴ったからといって、みんながすぐに避難するかいえば、そんなことはないでしょう。「きっと何かの間違いだ」「本物の火事ではないだろう」と考えて仕事を続ける人はいます。これが正常性バイアスです。

このバイアスが、今のコロナ禍にも影響しているのは間違いありません。

確かに多くの人が、コロナ禍が収束しない現状を不安に思っているでしょう。しかしその一方で、目の前で誰かが新型コロナに感染して苦しんでいるところに遭遇したことがなかったりすると、「やっぱり大丈夫なのかな」と楽観視してしまう。そして感染対策への関心が薄くなり、気のゆるみが出てしまうのです。

真面目な人ほど、「ゆるんでいる自分が許せない」と言いますが、自分を責める必要はありません。「正常化バイアス」は人間の心のしくみのひとつであって、仕方がないこと。ただ、コロナ禍のような状況では、こうした心理が働きやすいということは、知っておくとよいと思います。

自分のためではなく、誰かのため

とはいえ、正常化バイアスのせいで気持ちがゆるみ、感染対策がおろそかになると、ますます感染が広がり、収束が遠のいてしまいます。それは誰も望んでいないはずです。

ここを乗り越えるには、考え方を少し変える必要があります。それは感染対策を「自分のため」ではなく「大事な誰かのため」と考えること。自分のためと思うと「多分大丈夫だろう」と正常性バイアスが働きやすくなりますが、他人のためだと思えば「やれることはやらないと」と思いやすくなります。家族や恋人、友人など、大切な人の命を守るという動機づけのほうが、大きな力になりやすいのです。

気のゆるみを実感している人は、1日10秒でもいいので、「もし自分の大切な人が、感染して症状が悪化しているのに入院できず困っているとしたら」と、具体的に想像してみる。そうすると、「やはり対策しなくては」と思えるはずです。