最新技術「フォトグラメトリ」が開いた新たなキャリア

そうして大学院生活は過ぎていき、2015年春学期、私は博士論文を書き進めていた。テーマは「16世紀・17世紀初頭のポルトガル船のデジタルモデル復元」。

しかし、ここで私は1つの決断をした。博士論文のテーマ変更である。「フォトグラメトリと復元再構築の方法論」を提出しようと考えたのだ。

経緯を少し説明したい。2014年3月頃、私はカストロ教授から呼び出され「今年の夏の発掘プロジェクトでフォトグラメトリを使い、沈没船の3Dモデルを作成してほしい」と言われた。

「フォトグラメトリ」とは、画像データを光学スキャンデータとして応用し、デジタル3Dモデルを構築する技術のことだ。当初は3Dスキャンの精度が低かったが、2010年代に入り、低価格で精度の良いフォトグラメトリ専門のソフトウェアがいくつか発売される。それにいち早く注目し、実際に発掘現場で使い始めたのが、考古学の中でも、我々水中考古学者であった。

理由は簡単だ。レーザースキャナーなど、陸上の発掘調査で使用されていた機材が、水中で使えないからである。また、水中での活動時間の制限や、透明度の問題から遺跡全体が目視できない水中考古学者達にとって、3Dデジタルモデルで遺跡全体をパソコン上で時間無制限で観察できるのも魅力的だ。ただ、私が教授から依頼された2014年頃は「ソフトウェアの精度が低く、考古学研究には使えない」というのが、まだまだ主流の考え方だった。

ソフトウェアを色々試す中で、ある考えが浮かぶ。

「フォトグラメトリを、水中発掘中の現場の記録作業にもっと活用できないだろうか? それに観察用だけではなく、精度の良い研究分析用のデータもフォトグラメトリから生成してしまおうではないか」

それまでのフォトグラメトリは単に水中遺跡をパソコン上で観察するためだけに使用されてきた。そこからもう一歩踏み込ませた活用法はないか、と考えたのだ。

それを夏の発掘現場で実践したところ「コウタ、これはすごいよ!」と、とても喜ばれた。

運命を変えた出来事

「このままポルトガル船の研究を博士論文として書き上げるよりも、フォトグラメトリを使った沈没船独自の発掘研究のやり方を方法論としてまとめた方が、多くの人に読んでもらえるのではないか」

スペイン海底の沈没船。精巧なデジタルスキャンを学術研究に活用している
写真=IBEAM(Instituto Balear de Estudios en Arqueologia Maritima)
スペイン海底の沈没船。精巧なデジタルスキャンを学術研究に活用している

数日間考え抜いた私は、カストロ教授にその決断を話すことにした。

「博士論文のテーマを変えて、一から書き直そうと思います」

正直、私もこの申し出は半々の確率で却下される覚悟はしていた。

しかし当初のスケジュール通り「5月までに全部書き終える」ということを条件にカストロ教授から許可してもらえた。教授との約束通り、私は無事に「フォトグラメトリと復元再構築の方法論」で博士論文を書き終えた。