「もしかして、機械が壊れているんじゃないですか」
「あれ? ホントだ。なんでだろう? もしかして、機械が壊れているんじゃないですか?」
「お釣りまで出ているのに、壊れているわけないじゃないですか。そんな言い訳、通りませんよ」
「はあ? あたし、本当に知らなくて……。以後、気をつけますね。お金、払ってきます」
店内に戻ろうとする女を呼び止め、事務所で払ってもらうよう促すと、時間がないと言いながらも同行に応じてくれた。事務所に到着して、身分証明書の提示を求めると、女は52歳。ダンナと二人、隣町で小さな洋食屋を営んでいるそうで、店を開けないといけないので時間がないのだと繰り返している。
この日の被害はレジ袋を含めて計10点、合計8000円ほどになった。
どうにも落ち着かない様子の女は、被害品の伝票を確認して、現金の持ち合わせがないのでカードで払いたいと、まるで悪気がない感じで話している。
「ブラックリスト」に写真が載る常習犯だった
すると、事務所内のロッカーから「不審者ファイル」を取り出してパラパラとめくっていた副店長が、興奮ぎみに声をあげた。
「ウチのブラックリストに、あんたの写真があるんだけどさ、同じこと何度もしているよね?」
「いえ、本当に払ったつもりでいました。すみません。これからは気をつけます」
「いや、あんた出入り禁止だから、二度と来ないでくれる? きょうは、いままでの被害も含めて、きちんと警察に調べてもらいますから」
おそらくは言い訳を用意したうえでの犯行と思われ、保安員に声をかけられたときの対応もシミュレーションしてきたのだろう。間もなく臨場した警察官に引き渡された女は、否認を続けたことが影響したのか、犯歴がないにもかかわらず基本送致されることになった。
「店で使うモノだって話しているから、仕入れ目的みたいな感じだろうね。本人は認めないけど、計画的にやっている感じだよ。コロナのおかげで、お店やっている人の万引きが増えてきたよなあ」
処理を終えて警察官と一緒に地域課を出ると、女のガラウケ(身柄引受人)にきていたダンナが、廊下に設置されたベンチシートに大股を広げて座っていた。前を通ると、憎悪にあふれた目でにらまれ、目を合わせぬよう早足で通過した。