「プリン」は純国産の西洋菓子

長年、やわやわ系が圧倒的主流の座を守ってきたプリンの世界で、固め系が追い上げてきた背景のひとつは昨今のレトロブームである。まずプリンの歴史をさかのぼってみる。

最初に明言しておかなければならないのは、「プリン」は純然たる日本語だということ。洋菓子なのは間違いないが、欧米にはプリンという名前の菓子は存在しない。プリンは日本独自の進化を遂げた純国産の西洋菓子である。

プリンの原型は、イギリス料理の「プディング」。プディングには塩味の料理と甘いお菓子の両方があり、英語圏の人々にとっても全体像を把握するのが難しい食べ物のようだ。語源とされるラテン語の「botellus」はソーセージのことで、フランス語でソーセージの一種「ブーダン(boudin)」も同じ語源から派生した。

日本に伝わったのはもっぱら甘いプディングのほうで、西洋菓子中もっとも早く、なおかつ最速で広まったもののひとつ。「西洋料理」の語が題名に冠された日本初の本、1872年(明治5)刊行の『西洋料理通』と『西洋料理指南』の両方にレシピが掲載されている。

前者は「ポッデング」と訳し、米やニンジンなど固形の具を混ぜた、いわゆる英国風のプディングだった。一方、卵と牛乳、砂糖だけで作る後者のレシピに名前はついていないものの、どう考えてもいまのプリンとほぼ同じ。分量は、牛乳90ミリリットル、卵黄3個、砂糖大さじ3杯(約30グラム)。牛乳90ミリリットルなら全卵は1個、砂糖は20グラム程度がいまの標準なので、黄身だけ3個も入るこの配合は、絶対にねっとりと固めで濃厚な仕上がりだったはずだ。

病人向けの食事としても推奨されていた

明治期に数あったプディング(驚くべきことにタピオカ・プディングが多数の料理書に載っている)は、いつしかカスタード・プディングに収斂しゅうれんされていった。茶碗蒸しなど江戸時代からの卵料理、水ようかんなどの和菓子と連続性があり、親近感のわく味や見た目だったからだろう。栄養価が高くて消化のよいことから、病人向けの食事としても推奨された。

ポッディングはじめプデング、プッデング、プッヂング、プデンなどさまざまに記述されていたのが、なまった揚げ句プリンに落ち着いたのが明治終盤。レモネードからラムネへの変化と同様、絶妙なネーミングだった。名前がかわいくて口に出しやすい(出したくなる)ことは、食べ物の流行条件のひとつ。プリンと呼ばれるようになったことは、国民的な人気菓子に飛躍するための第一歩だった。