09年という年には、日本の政府では普天間や郵政再改革のような大きな改革の試みがあった。そしてなにより、その試みを可能にした政権交代があった。企業の側でも多くの意外なトップ交代があった。典型例はトヨタ自動車と日立製作所である。リーマンショック後の大不況が後押しをしたトップ交代ともいえる。

その多くは、長いゆがみの集積を修正する方向への動きとして、望ましいものであったのであろう。しかし、準備不足の交代もあったであろう。準備不足は仕方がないものの、その準備不足のままに目の前の大きな困難に焦燥感をかき立てられて、熟慮なき断行をしてしまった企業もあったのではないか。

問題は、この10年にどういう行動を取るか、であろう。

私は、案外、10年という年は、後世から日本の転換点といわれる年になりそうだと思っている。09年にたしかに日本政府も日本企業も大きく動いた。しかし、その後の軌道修正がかなり大きく加わる必要があったように思う。その修正後にやっとまっとうな軌道に乗るかどうかの分かれ目の年が、10年なのである。そして、その復元力が日本にはまだ残されていると信じたい。

歴史はジグザグにしか、進まない。問題は、ジグザグを許容範囲に収めることと、全体としての方向性を誤らないことである。

そのためには、熟慮をしたうえで改革のグランドデザインをトップチームできちんとつくり、そしてそれを共有してほしい。そして、断行してほしい。使い古された言葉だが、熟慮断行がキーワードだと、あらためて思う。そのうえで、改革へのエネルギーを組織の中で沸き立たせるために、現場に、とくに若い人たちに思い切った権限委譲をしてほしい。改革の苦労を現実にするのは、現場の人々なのである。その人たちのエネルギーが湧き上がるように配慮を徹底しなければ、前向きのエネルギーは生まれてこない。その配慮に、「危機感の共有」などと叫ばないでほしい。もちろん、危機感は必要だが、それだけでは前向きのエネルギーにはつながらない。よりよい明日をめざせるという、夢の共有がどうしても必要なのである。

このように経済的に難しい状況の中で、なにが夢かとシニカルに考えては、なにも進まない。そんな人に経営改革を語る資格はない。歯の浮くような言葉でもなく、きびしい数値目標だけでもなく、トップの背中に浮き出る「夢」こそ、大きな経営改革にもっとも大切な要件である。