大きな改革では「断行」が必要となる。だが、そこに「熟慮」がないと改革は失敗する。日本にとって転換点である2010年は、「熟慮断行」が鍵となる、と筆者は説く。

鳩山総理には熟慮が足りなかった

普天間問題で、鳩山総理が迷走している感が強い。核セキュリティサミットでも、オバマ大統領にかなりつれない態度をとられ、「腹案がある」と党首討論でわざわざいったのにアメリカは実務者協議にも入ってくれない。

私は、もちろん防衛や外交の専門家ではない。しかし、大きな組織で長い年月に亘ってひずみが積み重なってきた重要問題の改革について多少調べた経験からすると、あらためて熟慮断行という言葉の重みを感じている。鳩山総理には、断行する気持ちは強かったが、熟慮の部分が少なかったのだろう、と思うのである。