現役の介護認定調査員「母が要介護になって肌で感じたこと」

松野さんは、母親が要介護4になったことを機に、昨秋に特養を申し込んでいた。

2021年3月。特養に空きが出たとの連絡が入り、同月21日から入れることになった。

「私は介護認定調査員という仕事柄、たくさんの認知症の人を見てきましたから、『現状、精神的な症状が出ているから、次は身体的な症状が出るかな』とか、『被害妄想が出たからそろそろ中期に入ったかな』といった感じに先がある程度わかるので、そこまで介護がつらいとか苦しいとかは感じませんでした。母親が同じことを何回もするときもイライラせず、『今日は何回やるかな?』と楽しむように努めましたし、おむつ交換も、『今回はこれだけ時間がかかった。次はもっと短時間でやろう!』みたいに毎回チャレンジしていました。介護っていつまで続くかわからないものなので、そうやって気持ちを前向きに保っていないと、続けられないと思います」

そんな松野さんでも、大好きな陸上の時間を奪われるのはつらかった。今でこそ週1回の活動に参加できているが、当時は月1回になってしまうことも少なくなかった。

「自分に使える時間がないのはつらかったですが、自分の母親を介護することで、介護する人の気持ちがわかるようになったのはよかったと思います。認定調査員の仕事で介護中の家庭を訪問しますが、『今、この人はここに困ってるんだろうな』ということがわかるようになって、『この部分はつらくないですか?』などと声をかけやすくなりましたし、『私も介護をしています。一緒に頑張りましょうね』と言うと、相手の方も安心されるようで、『介護のことがよくわかる方でよかった』と喜ばれるようになりました」

認定調査員の仕事は、多い日で1日5〜6家庭を訪問する。松野さんが管轄するエリアには島も含まれているため、船で市内の島へ渡る日もある。島へ渡ると、ついでにそこに住む父方の祖父母も見舞った。

「自分なんかよりもっと苦労されている方がいることを知ると、『私ももっと頑張ろう』と思うことができました。認定調査員の仕事では、日々利用者さんからの学びや気付きがあります」

介護が一番大変な時期も大好きな「走ること」を諦めなかった

松野さんは、子育てと仕事の両立と夫への対応に悩み、一時は心療内科に通ったが、結局3年ほどで断薬に成功。現在は通院も服薬もしていない。今も不調なときの夫に手がかかることは変わりないが、「夫の誹謗中傷を聞き流すすべを身に付けました」と笑う。

そして、認知症になった親族の介護をしている人々へこうアドバイスするのだ。

「認知症の症状の経過を知っていれば、ある程度手立てがわかります。だから病気に関して学び、情報収集しておくと振り回されずに済み、少しは介護が楽になるのではないかと思います。そして、けっして1人で抱え込まないでください。私は無理を続けて自分が介護うつになってしまった人をたくさん知っています。完璧を求めるあまり、自分を責める人、暴力に出てしまう人もいます。ダブルケアの人はなおさら、絶対に1人でやろうとしないで。介護サービスをしっかり使って、できるだけ楽に、横着して介護をしてほしいと思います。そうでないと、介護は続けられません」

特養に移った母親とは、コロナ禍のため、一度も会えていない。入院中もほとんど面会できず、母親はもう、言われたことも理解できない様子だ。特養への入所の際、胃ろうや経鼻経管栄養など、延命治療などについての確認があったが、松野さんはすべて断った。

「母は、全介助必要な状態になってまで、長生きを望んでいないと思います。ベッドで硬直したまま動かない人や浮腫んだ人、いろいろな方を見てきましたが、食べられなくなったら無理やり食べさせる必要はなく、母親の場合、自然に枯れるように亡くなるのが本人の望みでもあるのではないかと考えています」

島で暮らしていた父方の祖父母は、現地に住む父親の弟が在宅介護をしていたが、祖母は2017年、自宅で誤嚥性肺炎を起こして、85歳で亡くなった。その後、祖父は徐々に衰えていき、次第に食べられなくなり、ある日おむつを替えてもらった後、「ありがとう」と一言つぶやき、2020年12月に93歳で眠るように亡くなった。

「私も心情的には母を自宅で看取ってあげたいと思っています。でも、やっぱり現実的には難しいですね……」

松野さんは現在、週に1〜2回、1回あたり5〜6キロをジョギングし、体力維持に努めつつ、市の陸上クラブの小学生や中学生のコーチとして、子どもたちとともに大会に出場している。

力強く走る女性
写真=iStock.com/ipopba
※写真はイメージです

ダブルケアでもシングル介護でも、介護のキーパーソンは、被介護者の介護度が重くなるにつれて、いや応なしに介護が自分の人生の中心を占めることになる。

しかし松野さんは、介護が一番大変な時期も、大好きな「走ること」を諦めなかった。

介護者と被介護者の距離が近すぎると共依存関係に陥りやすいが、時間の長短にかかわらず、介護のことを忘れて、自分で自分のために使う時間を守ることができる人は、その危険性が低いように思う。難しいことかもしれないが、誰もが自分の人生を生きられる社会の実現を望んでやまない。

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