アスリートも医師も「社会性」が大切

【原田】勝敗にこだわらないとおっしゃいましたが、李さんの監督時代、桐蔭学園、ヴェルディは好成績を残してきましたよね。

【李】勝負事で大切なのは、勝利の女神に好かれること。勝利の女神が好きなのは、洋服をTPOに合わせて着こなすことができ、沢山本を読んで、いい香りのするスマートな選手。

ゴルフでパットが1センチずれて(ホールに)入らなかったとします。そのとき悔しいとクラブを叩きつけるんじゃなくて、勝利の女神に愛されるには、読書が足りなかったとか、自分に何か欠けていたんじゃないかと反省すべきではないかと(笑)。

対談の様子
撮影=中村治

【原田】ぼくもゴルフ好きですけれど、そんな風に考えたことはなかったです(笑)。

【李】ぼくは1993年に桐蔭学園の選手達を連れて、ドイツで行われた国際大会に参加。バイエルン・ミュンヘンやボルシア・ドルトムントなどのユースチームと対戦したことがあります。

【原田】バイエルンやドルトムントは欧州の名門クラブ。そのユースチームというのは、何年後にトップチームに昇格するプロ予備軍ですよね。高校生チームである桐蔭学園が対等に戦うことはできたのですか?

【李】(にっこりと笑って)ええ、優勝しました。優勝したことでほっとした面もあったのですが、それよりも重視していたのは、選手たちが現地でどのように振る舞うか、でした。

【原田】現地での振る舞いとは?

【李】例えば、ホテルでどのように過ごすかです。ぼくは宿についたらタオルが足りているかなど、自分たちが快適に過ごせるようになっているのかをまず確認するように言いました。そして、朝食をとるときはジャージなどではなく、きちんと服を着ること。

【原田】日本人はパジャマのような格好で食事の席に行きがちですよね。

【李】去り際、宿の人たちから桐蔭の選手はマナーがいいと褒められました。それが優勝したことよりも嬉しかった。ぼくはチームが勝つため、あるいはプロ選手に育てるために監督をしているのではない。選手たちの大切な十代の時間を預かっているんです。スマートな社会性のある大人に育てなければならない。

【原田】社会性という言葉はぼくたちにも突き刺さる言葉です。医学部を出て、国家試験に通れば24、5才で医師となって、先生と呼ばれる。医者という職業は、患者さんが人生で一番大変なときに、心を通わせて一緒に治療しなければならない。そのためには社会性、人間性が必要です。それは色んな経験をしなければ身につかない。しかし……。