中国を白か黒かでとらえるのではなく、時々刻々と変化するその変化のありようをとらえるべきだ――そんな示唆ではないだろうか。ちなみに、マブバニ氏はポストコロナの世界動向について、2020年3月20日発行の米外交専門誌「フォーリン・ポリシー」でこう述べている。

「新型コロナは、米国中心のグローバル化から中国中心のグローバル化という、すでに始まっている変化を加速させるだけである」

台湾を訪問して驚いたこと

古代中国には目上への敬意や若輩へのいたわりなど、人の道徳的義務を語る思想があった。個人の権利を声高に主張するのではなく「礼」を重んじるのは、「礼」がなくなれば人と人の間に保たれていた秩序が失われ、世の中が乱れるからだ。

人としての道徳的義務は現代の東アジア、東南アジアだけにとどまるものではない。インドやバングラデシュも同じだった。筆者は、コルカタ出身で東京に在住するインド人ファミリーと親交があったが、彼らが重んじるのも目上への敬意であり、若輩へのいたわりだった。イスラム教を信じるダッカ在住の若い世代にも、こうした観念は共通していた。

礼譲れいじょう」という言葉がある。日本語でも中国語(北京語)でもほぼ同じで、「礼儀正しくへりくだった態度」(大辞泉)を意味するが、簡単に言えば、「相手に譲る」ということだ。共産主義の影響を受けなかった台湾では、人々が生活の中で「礼儀正しさ」や「譲り合い」の礼譲文化を実践している。

筆者は、2019年に台湾を訪問した際にこんな経験をした。台北市の新光三越百貨店の地下飲食街を訪れたとき、満席のフードコートで、空席を探す筆者に席を譲ってくれたのは、なんと小学校低学年の兄弟だった。食事を終え、夢中でゲームを楽しんでいた兄弟が、背後に人の気配を察したのか、サッと立ち上がって席を譲ってくれたのである。小さな子どもに席を譲ってもらうなどは、人生で初めての経験だった。

台湾台北市のスカイライン
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目上への敬愛、真心のこもった接客…

翌朝、ホテルの部屋でテレビをつけると、3組の母娘がそれぞれに自慢話を競い合う番組を目にした。その中の1組の母親が、「うちは儒教や仏教の思想で子どもを育てました」と自慢げにコメントしたのには驚かされた。

台湾では「三字経」や「弟子規」を子育てのバイブルにするお母さんは少なくないという。「弟子規」は、難解といわれる中国の古典「四書五経」を子ども向けに要約し編集したもので、人としての徳目や、親や祖先など目上の人への敬愛を説いている。