この直接選挙は、上海市内の各区の代表者を選出するものだった。「小区」や、小区を管理する「社区」、社区を管理する末端の行政単位の「街道」ごとに選挙が行われる。張さんは自分が住んでいるアパートの1~6階の住人をとりまとめる係だ。しかし住民の関心は低く、ほとんどの住民は自らの権利を張さんに委譲した。
一方、虹口区の某選挙区では、11月14日夕刻に候補者4人が姿を現し、それぞれ演説を行った。水資源や環境が専門だという候補者もいれば、専門学校卒で地元の銀行で働いている候補者もいる。専門技術者や工場労働者、農民なども含めて、広く各業種から代表を選出させたいという考えが根底にはあるようだった。
演説会は広く一般市民を対象にしたものではないため、候補者情報が浸透せず、一般市民からすれば「誰に投票すべきなのかよくわからない」というような状況だった。
日本の12倍の人口で民主化を進めたらどうなるか
演説会に参加したという女性は、「候補者には、少なくとも年に2回は、私たち一般市民と交流を持って欲しいと要望しました」と語った。この頃の上海は、物価高や住宅価格の上昇、医療費の高騰や失業者の増大など、生活者を圧迫する問題が山積みだった。
仮に今、中国で民主化が進み、国民全員に選挙権、被選挙権が与えられたら、どんな事態になるのだろうか。そもそも中国は、日本の12倍の人口と26倍の国土面積を抱える大国である。こうした条件だけ見ても、収拾がつかなくなってしまうことは容易に想像がつく。
「中国で民主化を進め、自由度を高めるのは危険だ」とする研究者の声もある。シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策学院の院長でもあり、元国連大使のキショール・マブバニ氏は「中国共産党は、社会に不満を抱く青年たちによる“憤青軍国主義”の暴走を抑え込んでいる」(2015年、ハーバード・ケネディスクールでの演説)とし、現時点での民主化は危険をはらむと指摘している。