その後、「民主化」という言葉はほとんど聞かなくなった。筆者は1990年代後半から上海で生活を始めたが、もとより政治に対する関心が薄い土地柄もあるのか、誰もが「お金の話」で頭がいっぱいだった。2011年11月16日、その上海市の15の区と県で5年に一度の人民代表選挙が行われた。上海市でも一部の区や県の代表は市民が直接選ぶことができるのだ。

その日の夕刊には、新選挙法に基づいて人口比例で候補者を立てたこと、女性の候補者の比率が上がったこと、またシステム導入によって選挙登録がスピードアップしたことが取り上げられ、選挙がつつがなく終了したことが伝えられた。

「行くわけがない」理由を聞くと…

上海では選挙のひと月前ほどから、アパートが建ち並ぶ住宅地に赤い横断幕が張られるようになった。さすがに日本で行われるような選挙カーによる演説もなければ、候補者のポスターが貼られることもないが、唯一この赤い横断幕が、選挙日の到来が近いことを告げていた。

投票
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しかし、この選挙自体を「単なる形式上のことだ」と割り切る市民は少なくなかった。すべては中国共産党にとって都合のいい方向に進められることがわかっているからだ。上海では選挙の話題に盛り上がりはなく、完全に“冷めた雰囲気”だった。

「選挙に行っても、世の中変わらないから」

投票前夜、筆者は何人かの熟年婦人に「明日は投票に行くのですか」と尋ねたが、その反応は異口同音にして「行くわけがない」というものだった。そのうちの一人は、選挙に関心がない理由を「選挙に行っても、世の中は変わらないから」と語った。

中国の選挙法では「十人以上の有権者の推薦があれば候補者になれる」というが、最終的に代表者として選ばれるのは「共産党にとっての優秀分子」であることは分かりきっている。党のポリシーを貫き、共産主義の思想と「中国の特色ある社会主義」の信念のもと、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論と「三つの代表」思想を学習している者こそが選ばれるべき代表なのだ。

自らの投票権をまとめ役に丸投げ

上海では、希望する人物が候補者にはなり得ないことはわかっているだけに、一票の権利があったとしても行使しないという空気が支配的だった。実際、閔行区のある小区(複数のアパート群を持つ住宅地)では「集団棄権」というような状況が起こっていた。住民の投票のとりまとめ役をする張さん(仮名、当時59歳)のもとには、こんな伝言が殺到した。

「明日の投票はあなたにお任せします。好きな候補者の名前を書いていいです」。