2期連続で世界ランキング4冠を達成したスパコン富岳が、まさにそれを示している。富岳の開発プロジェクトが正式に始まって以来、理研をはじめ富岳の関係者は「ベンチマーク・テストで1位になることが目標ではない。社会の役に立つスパコンを作ることが本来の目標だ」と言い続けてきた。
とはいえ、世界1位が獲れるなら、それに越したことはない。
この業界では日米中など競合する国の間で「腹の探り合い」というか、要するに相手の技術力が今、どのレベルにあって、いつごろ次世代機が完成しそうかなどのインサイダー情報を互いによく調べている。
おそらく理研・富士通など富岳関係者は、2017年にトランプ政権が誕生し、やがて米中間の貿易摩擦がハイテク覇権争いへと発展する19年頃には、その影響で両国の次世代スパコン開発が予定よりも遅れそうだ、という情報を掴んでいたはずだ。
当初の計画では富岳は21年に稼働を開始する予定だった。しかし米中のエクサ級スパコンの完成が遅れるという情報を握ったことで、富岳関係者は「今がチャンスだ!」とばかりにあえて前倒しで20年に稼働させて、ずっと「目標ではない」と言い続けてきた1位を獲りにいったのではないか。
「世界一」の大きな意味
仮にそうだとすれば、その策は見事に功を奏し、富岳は2期連続でスパコン世界一となったわけだが、この王座はもうしばらく続きそうだ。米中どちらが先にエクサ級マシンを完成させるにせよ、それは早くて22年、下手をすれば23年にずれこむとの見方もある。となると、富岳は最長3年間も世界王座に君臨し続ける可能性があるのだ。
もちろん「スパコンのベンチマーク・テストで1位になることに実質的な意味がどれほどあるのか?」という冷めた意見も聞かれるだろう。しかし、それでも富岳の世界ナンバーワンは高く評価されるべきだと筆者は思う。ここ数年、米国のGAFAや勃興する中国の巨大IT企業などに押され、日本のハイテク産業は一種の自信喪失に近い状態にあった。特にAIや5Gなど先端的な技術分野では、日本企業はすっかり存在感を失ってしまった。
こうした状況下で「国力を反映する」スパコンの性能で世界一に返り咲いたことは、日本の科学技術力の底力を証明し、失いかけていた自信を取り戻す上で大きな意味があったと言えるのではないか。
しかも、この流れはスパコン開発だけに止まらない。『「スパコン富岳」後の日本 科学技術立国は復活できるのか』の第2章でも紹介しているように、富岳のCPUに採用されたSIMDなど日本の伝統的な半導体テクノロジーが蘇りつつある。