国産スーパーコンピューター「富岳」は、現在世界で稼働する数多のスパコンの頂点に立つ。KDDI総合研究所リサーチフェローの小林雅一さんは「富岳は『スパコンの戦艦大和』ともいえる先代スパコンの『京』への反省から生まれた。計算速度ではなく使いやすさや実用性を重視した結果、首尾良く世界一になれた」という――。

※本稿は、小林雅一『「スパコン富岳」後の日本 科学技術立国は復活できるのか』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

スーパーコンピュータ
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京への反省から生まれた世界一の国産スパコン「富岳」

現在、世界で稼働している数多のスパコンの頂点に立つ富岳は、日本のいわゆる国策プロジェクトの結果として生まれた。国策という言葉は近年、「国策捜査」などあまり良い意味では使われないが、ここでは字義通り「国が決定する政策」と理解しておこう。あるいは国家プロジェクトと呼んでもいいだろう。

要するに巨額の国家予算を投入した分、それに見合うだけの成果、つまり我が国の科学・産業振興に広く貢献することが求められている。これが富岳に課せられたミッションだ。

この富岳には、その一つ前の国策スパコンとして、同じく理研・富士通によって開発された京が複雑な影を落としている。

2009年、当時の民主党政権下で進められた事業仕分けの過程で、開発途上にあった京が槍玉に挙げられた。総額1100億円以上もの予算を使って、世界一の計算速度をめざす京の開発計画に対し、蓮舫参議院議員が「2位じゃダメなんですか?」と質したのだ。

置かれた立場に応じてさまざまな見方もあろうが、少なくとも「スパコン」や「(原子核・素粒子)加速器」のような巨大科学の必要性をあらためて問い直す、本質的な問題提起だったことは間違いない。

「高性能だが使いにくい」京の悪評

これを受けて京の開発計画はいったん凍結されるかに見えたが、日本の歴代ノーベル賞受賞者らが緊急記者会見を開いて懸念を表明するなど、科学界を中心に猛反発が巻き起こった。世論も科学者側に傾いたと見た当時の鳩山内閣は事実上の予算復活を認め、京の開発プロジェクトは続行した。

まだ完成前ではあったが、基本性能の測定が行われた京は(目標とする毎秒1京回の浮動小数点演算に若干足りない)8162兆フロップスの計算速度を記録し、スパコンのTOP500で11年6月と11月の2期連続で1位に輝いた(後に本来の目標である毎秒1京回の計算速度も達成している)。そして翌12年には完成し、神戸市にある理研・計算科学研究センターで稼働を開始した。

※編集部註:初出時、理研・計算科学研究センターの名称に誤りがありました。訂正します。(4月5日9時15分追記)

しかし実際に運用が開始されて以降の京は「高性能だが使いにくい」という評判に悩まされた。これは当時、非主流の「SPARCスパーク」と呼ばれるアーキテクチャ(基本設計)を採用していたため、産業界で幅広く使われている一般的なアプリケーション・プログラムが京の上では使えなかったことなどが一因となっている。