日本の学生が「不まじめ」なわけではない

日本の学生は授業の予習も復習もしないと批判されますよね。でも日本の学生たちが不まじめだからじゃない。週に10~12科目という、すごい数の授業に出ているから、一つ一つの科目に予習・復習をしていられない。アメリカではもっと勉強しているというけど、彼らが日本の学生よりまじめなわけではない。4~5科目しか取っていなくて、一つ一つの科目が週2回も3回もあるから、予習・復習をせざるをえない。予習・復習しなければならない科目数が日本よりはるかに少ないわけです。

そういう構造改革をしたうえで、オンラインにできるところはしていく。リーディングアサインメント(予習しておくべき文献)としての文献も、いちいち図書館まで行って探さなくても、すぐにPDFでダウンロードできる。それを読んでおいて、感想をアップロードしておけば、LMS(ラーニング・マネジメント・システム=教材配信、受講状況、成績などを共有・管理する学内プラットフォーム)でちゃんと管理される。その中でオンラインの授業もやっていくシステムが成り立っていくなら、必ずしも昔の対面授業の形に戻ることが、僕はベストだと思わない。

起きるべくして起きた「課題地獄」

——オンライン授業では各科目で毎回、課題が出されるので、学生が「課題地獄」に陥ったという話が、どこの大学でもあるようです。

堀和世『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)
堀和世『オンライン授業で大学が変わる』(大空出版)

そうです、ばかげているんです。各先生が自分の科目のことしか考えずに課題を出すから、学生はアップアップで何もできなくなっちゃう。まずは科目数を半分に減らす、逆にいえば1科目の単位数を倍にしていく。この転換をやったうえで、リクワイアメントを重くする作業をしない限り、過大な要求によって学生たちを潰してしまいます。

構造改革をしないで、ただオンラインに移行した。大学はカリキュラム全体のマネジメントを何もしていないんですよ。先生たちに任せているから、結果的に悲劇が起こる。オンライン化が悪いのではなく、教育とは何かというきちんとした理念に基づいた構造改革をしていないというか、できないというか、そこに日本の大学の根本問題があります。

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