一躍「パリ五輪金メダル」候補、鈴木健吾の成長過程と強さの秘密

鈴木の2時間4分56秒は世界歴代57位タイ。男子100m9秒台を出したのは145人なので、その価値の高さがわかるだろう。100mで9秒台をマークしている桐生祥秀やサニブラウン・アブデル・ハキームは高校時代から突出した存在だったが、日本マラソン界の星は少し異なる。

鈴木は全国高校駅伝に出場した経験を持つ父・和幸さんの勧めで競技を開始。中学時代は全国レベルの選手ではなく、愛媛・宇和島東高時代の1~2年時もさほど目立つ存在ではなかった。それでも着々と成長した鈴木は3年時のインターハイでちょっとしたフィーバーを巻き起こす。5000mで予選を突破して、「あれは誰だ?」と大学関係者の間で話題になったのだ。

インターハイ後に、多くの大学から勧誘を受けた鈴木は、高2の時から声をかけられていた神奈川大に進学した。「小柄でしたけど、バランスが良くて、リズムも良かった。長い距離に対応できるタイプだなと思いました」と神奈川大・大後栄治監督は鈴木の印象を話している。

大学1年時の箱根駅伝は山下りの6区で区間19位に沈んだ鈴木だが、2年時からチームの「エース」と呼ばれる存在に成長。3年時の箱根駅伝2区で区間賞を獲得して脚光を集めた。筆者は大学3・4年時の鈴木に複数回取材をしているが、当時から競技への意識がすこぶる高かった。大後監督が「練習はいくらでもやります」と評する通りで、「各自ジョグ」という軽めの練習の日でも90分で20km前後を走っていた。3年時の夏には月間で1000~1200kmというマラソン練習並の距離を走り込んでいる。

当時から2020年の東京五輪を強く意識しており、大学4年時には2月の東京マラソンに出場。学生歴代7位(当時)の2時間10分21秒をマークした。しかし、富士通入社後は故障に悩まされる。2019年9月のMGCは7位に終わると、2020年のびわ湖も12位(2時間10分37秒)と振るわなかった。

マラソンでの東京五輪を逃した鈴木は、自分の身体を見つめ直して、ウエイトトレーニングを開始。フィジカルを鍛えるとともに、スピードを磨いてきた。その結果、2020年は10000mで27分台を2度マーク。大学時代は28分30秒16だった自己ベストを27分49秒16まで短縮している。本格的なマラソン練習は年明けからだったが、東京五輪男子マラソン代表に内定している中村匠吾(富士通)と質の高いトレーニングを実施。これらの成果を今回のびわ湖の快走劇に昇華させた。

「後半」と「暑さ」に強く、アフリカ勢に対抗できる

なかでも特筆すべきは残り5kmの走りだ。36kmまでの1kmは3分04秒かかったが、37kmまでの1kmを2分53秒に引き上げると、その後もキロ2分50秒台で押していく。そしてゴールまでのラスト5kmを14分20秒台で走破したのだ。

「10kmくらいまでは集団の流れにうまく乗れない感覚があったんですけど、20km以降は自分のリズムになってきました。いつもはきつくなる30km以降も今回はかなり余裕があったので、行けるんじゃないのかな、という感覚があったんです。今季は10000m27分台を2回マークして、自分でもスピードがついた感触がありました。それをマラソンに生かしたいと思って取り組んできて、しっかりとかたちになったと思っています。あと1年間大きな故障なくやれたことが一番大きかったですね」(鈴木)

2時間4分56秒の日本新記録で優勝し、笑顔を見せる鈴木健吾(富士通)
写真=時事通信フォト
2時間4分56秒の日本新記録で優勝し、笑顔を見せる鈴木健吾(富士通)=2021年2月28日、滋賀・皇子山陸上競技場

大学時代と比べて明らかにスピードがついただけでなく、上半身の筋力は格段にたくましくなった。レース終盤もフォームがブレることなく、軽やかで滑らかなフォームで押し切った。ダイナミックな走りでスピードのある大迫傑とは異なる魅力を秘めた男子マラソン界のニューヒーローが誕生した。そして、さらに驚かされたのは、ゴール後も鈴木はまだまだ余力があったことだ。

富士通・福嶋正監督によると鈴木は「暑さ」にも強いという。2時間4分台のスピードを持ち、終盤のスパート力もある。今後も順調に成長できれば、3年後のパリ五輪ではアフリカ勢に対抗できる“金メダル”候補になっている可能性も十分ある。

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