なぜお金を使わないのか

【野地】河合さんの言うことでもなかなか聞かないんですね。

【河合】必要なものを近くに置く、たくさん使うものを近くに置く。これが理想だけど、「いいや、オレはあそこに取りに行かないと気が済まん」という人がおる。でも、実際にやらせて、慣れてくると、「あ、こっちの方がずっといい」。僕らの現場指導はあとで評価される。その場では抵抗される。

【野地】大野さんたちもそうだったんですね。

【河合】そうそう。

【野地】直すのは難しいことじゃないけれど、変えたくない。

【河合】難しいことはない。で、話を戻すと、頭のいい人たちがお金を使って難しいカイゼンをすると、どうなるか。

お金を使ったカイゼンは手直しがきかないんです。金をかけて複雑にしちゃうと手直しにも金がかかる。人間がちょっとやったやつは悪けりゃ戻しゃいい。だから、すぐにやれる。もっと良い方法を考え進化させることもできる。でも、金をかけるとカイゼンにも時間がかかるし、元に戻せない。

【野地】河合さんがトヨタに入って一番最初にやったカイゼンってどういうものでしたか?

アイデアが採用され、効果を感じた喜びは最高

【河合】それこそ単純だった。迂回して歩かないようにする。物があるから、ちょっと、どかしてまっすぐ歩くようにする。もうそんなカイゼンですよ。それから遠くにあった工具を近くに持ってきて、手元の棚に掛けておくようにした。10歩、歩いていた作業が2歩でいいとなった。それでも500円とか1000円をもらえたんです。

生産現場に長らく従事した河合氏の手
撮影=プレジデントオンライン編集部
生産現場に長らく従事した河合氏の手

【野地】それは大きいですね。

【河合】なかには1カ月にカイゼンを50件とか100件も書くやつがおったもん。僕はそれほどは書かなかった。

【野地】でも、いくら数を増やしても、全部は採用されないんですよね。

【河合】いやいや、大半は採用されるんですよ。でも、あまりにもたくさん提案が出てくるようになったから、会社も厳しくなってね、10枚出したら7対3になった。7割は500円で、3割が1000円。そういう比率になった。そうなると、僕らはしたたかだからね、わざと500円用のやつを7枚書く。その後、絶対にいいやつを3枚書く。賞金を全部もらえるようにする。

【野地】面白いですね。

【河合】お金はありがたかったけれど、でも、タダでもいいんですよ。自分のアイデアが採用され、目の前で効果を肌で感じた喜びは最高。だから、金額じゃないんです。

それより、いいアイデアを持っているのに、提案しないやつがいて、そいつに「お前、提案して金にしろ。それで俺たちにおごれ」と。