——ポジティブな感情ならそれで良いかもしれませんが、ネガティブな感情をありのまま受け止めてはダメなのでは?

一概にそうとは言えないというのがトマスの考え方です。たとえば、「悲しみ」を感じたときは、それを無理に否定せずありのままに受け止めて、思いっきり泣いたり嘆いたりした方が、むしろ悲しみが和らぎますよね。

つまり、ポジティブな感情である「喜び」の場合にも、ネガティブな感情である「悲しみ」の場合にも、生まれてくる感情をありのままに受け止めて自然な反応をすると、おのずと心がより肯定的な方向に向かうようになっているのです。トマスの「感情論」の特徴は、人間の自然な感情を否定せず、むしろそこに「根源的な肯定性」を見いだしているところにあるのです。

「ネガティブな感情」の受け止め方

——「怒り」や「絶望」などのネガティブな感情も、肯定して良いのですか?

トマスの「感情論」では、人間の基本的な感情は全部で11種類あるとされ、そのすべての感情の根源に「愛」というポジティブな感情があると考えられています。すなわち、「怒り」や「絶望」といったネガティブな感情も、丁寧に解きほぐしていくと、その根源には「愛」というポジティブな感情が見いだせるということです(図表1参照)。

「愛」の根源性(『世界は善に満ちている:トマス・アクィナス哲学講義』66ページより)
「愛」の根源性(『世界は善に満ちている:トマス・アクィナス哲学講義』66ページより)

したがって、「怒り」や「憎しみ」、「恐れ」や「絶望」などのネガティブな感情も否定せず、その根源にある「愛」に注目し、それを育んでいけば良いのです。

——えっ、どういうことですか?

具体的な例で考えてみましょう。たとえば、上司に対する「怒り」や「憎しみ」が溢れて、会社に行くのが難しくなってしまう。もしそんなことになったら困るので、何とかその状態を脱しようとして、「怒り」や「憎しみ」が心に浮かんでこないように、感情を必死に抑圧しようとする。しかし、それはなかなかうまくいかないし、無理して感情を抑圧すると、身体に症状が出てしまう場合もあります。