認知度が高いのにバレンタインでは負け組だったキットカット
特定の商品にシンボリックな意味を持たせて社会に定着させるには、絶妙な匙加減が必要です。
チョコレートつながりで非常にうまくいった例を挙げると、ネスレのキットカットが「受験のお守り」として使われるようになりました。
キットカットは日本では1973年から発売されている定番商品で、認知度も高いのに、バレンタインの時期になってもあまり売り上げが増えないのが悩みでした。要するに、あまりにも一般化したコモディティであるがゆえに、女性が男性にあげると、「なに、俺はキットカットで済まされちゃうわけ?」ということになってしまう。
ほかのメーカーのチョコレートは、売り上げ全体の3割近くをバレンタインで売るところもあると言われているのに、キットカットはほとんど売り上げが膨らまない。ほかのチョコがうらやましかったことでしょう。
そんなキットカットが受験のお守りになったのは、九州の博多弁で、「きっと勝つと(きっと勝つぞ)」との語呂合わせだというのは有名な話ですが、実はこの語呂合わせをつくったのはメーカーやマーケターではありません。ここが大事なところですが、実は自然発生的に起きたムーブメントを拡大しただけなのです。
キットカットが受験のお守りになるまで
あるとき、「なぜか九州でだけ、キットカットが売れている」というデータがあがってきた。当時コンフェクショナリー(菓子部門)のトップを務められていた高岡浩三さん(高岡さんはのちにネスレの社長となります)が、そのデータに注目し、理由を調査した。そこで「きっと勝つと」の語呂合わせで受験のお守りに使われているということを突き止め、それを全国に広めたのです。
しかしネスレは「きっとサクラサクヨよ。」というコピーで受験生を応援したただけで、「キットカットを食べたら合格するよ」とは一切言っていません。
なぜなら「こちらに誘導したい」という思惑が透けて見えると、消費者は「操作されている感」を感じてしまうからです。しかも受験というみんなが真剣に取り組んでいるものを、軽々しく扱うのはよくない。だから小売店は大々的に「受験生応援コーナー」をつくって「これで合格」とポップをつけたりしたけれど、ネスレは「合格する」とはひとことも言いませんでした。
目指したのは、メディアに取り上げてもらうことです。例えばネスレのサイトで絵馬に願いごとを打ち込んで送ると、実際にネスレがその願いごとをプリントアウトして北野天満宮に持ちこんで祈祷してもらう。そうするとそこへテレビ局の取材が入って、「ネスレがこんなことやってます」というニュースになる。
あるいはタクシーとコラボして、満開の桜と「きっとサクラサクよ。」が車体に描かれたタクシーが、センター試験に遅刻しそうになった受験生を最寄り駅から会場まで送り届ける。これもほっこりするニュースです。
そうするとニュースを見た人が自然と知るかたちになるので、押し付けられた感じがないのです。