※本稿は、佐藤優『見抜く力』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
私たちは「相手の本音」を見ないようにしている
なぜ相手の本音が見抜けないのでしょうか。それは、我々の目に曇りがあるからです。ひとつには、本音を知るのが怖い。相手が本当は自分をどう見ているか、知らないほうが気楽だという気持ちです。
ドイツの社会学者ニクラス・ルーマンは『信頼』という著書で、これを「複雑性の削減システム」だと言っています。たとえば信号が青で道を渡るとき、車が突っ込んで来ない保障はありません。歩いていたら空から隕石が落ちてきて、頭に当たるかもしれません。可能性はごくわずかですが、一定の確率で存在する危険です。
そうした危険はないという前提の下、我々は暮らしているわけです。見知らぬ誰かに襲われるかもしれないと考えたら、武装しなければ外を歩けないことになってしまいます。
それと同じで、会社でも取引先でも人間関係への信頼は、ときに少し裏切られても見ないふりができます。なぜかというと、自分を騙すような人を信頼してきた自分が惨めになるからなのです。
ヘッドハンターの誘いにホイホイ乗ってはいけない
また、怒りや嫉妬も人の目を曇らせます。聖書の言葉に「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(「マタイによる福音書」5章44節)という言葉がありますが、これは敵を作るなとか、どんな相手でも愛せというような博愛主義を説いているのではありません。敵というのは誰しも憎いものです。でも、他人を憎めば相手に対する認識が歪んで、正確な判断ができなくなり、自分が損をします。だから、敵を愛するくらいの感覚を持ちなさいと言っているのです。
学生時代までの友達は、利害関係のない付き合いでした。社会人が仕事で知り合って利益のない友達になっているとしたら、どこか付き合い方がおかしい。きつい言い方をすれば、真面目に仕事をやっていないということです。ゴルフ仲間でも飲み仲間でも、どこかに必ず仕事上の利益が付きまとうはずだからです。
ヘッドハンターから声がかかって、他社への転職を勧められたとしましょう。自分は高く評価されたと思って、ホイホイ乗ってはいけません。ヘッドハンターは、この転職を成功させなければ、報酬が出ないはずです。人を動かすことが目的なら、自分のことを親身に思って転職を勧めるはずがないし、次の会社の悪い情報をくれるはずもない。そう考えれば、騙されずにすみます。
こうした基本がわかっていれば、相手の本音は利害関係に基づいているとわかるでしょう。利害関係があると友人になれない、という意味ではありません。ビジネスで付き合う相手とは、お互いの利害によって関係が成り立っていることを忘れてはいけないのです。したがって相手の本音を見抜くとは、相手の利害がどこにあるかを突き止めることにあります。