出会った人の95%は気が合う人

阿部は1995年から中部支店長、東北北海道支店長を歴任し、なんと2009年に社長室に異動になってからも一時期は東北北海道支店長、中部支店長を兼務していたという。

「美点凝視。人の短所じゃなく長所に光をあてることが大事だと思います」
撮影=茅原田哲郎
「美点凝視。人の短所じゃなく長所に光をあてることが大事だと思います」

「社長室は仙台本社にありましたから東北北海道を見ることはできましたけれど、仙台にいながら中部支店長兼務というのは、正直言ってびっくりしました」

アイリスは「メーカーベンダー」という独特の仕組みを持っている。問屋を通さずに小売りに直販することによって、流通コストを圧縮するシステムである。このシステムを機能させるには、小売店のトップやバイヤーと濃密な関係を築くことが不可欠になる。

阿部が新潟営業所の所長になった当時、アイリスはまだまだ弱小メーカーでブランド力も乏しかったから、小売店に食い込んでいくのは簡単ではなかった。

「人間対人間で買っていただく時代でしたよね。食事を共にすることも少なくありませんでした。ゴルフのコンペにもよく行きましたけど、そこで培った信頼関係が大きな商売につながったこともあるし、プライベートでもお付き合いいただくような、深いつながりを頂戴したこともあります。

今はブランド力も向上し、『なるほど家電』を中心に商品力もあります。新商品や企画、売り場提案をしっかり行えば売り上げにつながりますが、ゴルフのコンペに誘われたらなるべく顔を出すとか、行けないなら行けないなりに誠意を持ってお断りをするとか、そうしたつながりは大切にしてほしいと思いますね」

「人間対人間」の商売において、商売を成立させるために最も重要なものとは何だろうか。

「人間力ですよね。じゃあ人間力とは何かといったら、『こいつから買いたいな』と思っていただけるかどうかですよ。人間関係って、入り口は好きか嫌いかですが、こちらがつながりを大切にしているうちに信頼関係ができてくる。それには時間が必要なんです。私はバイヤーさんと信頼関係を作るために、人一倍努力したと思います」

好き嫌いは、努力では変えられないと思うが……。

「先入観をもたず誠意を持って接する努力をすることで、出会った人の95%は気が合う人になりました」

阿部が長い年月をかけて築き上げた広く強固な人脈は、現在の社長室長としての仕事にも遺憾なく発揮されている。社長室長の仕事の中心は、会長、社長の代理を務めることにある。会長、社長が多忙で出席できない会合に代理出席し、会長、社長の代わりに得意先のトップを訪問してアイリスの直近の情報を伝える。

訪問先の幹部には、かつて阿部と一緒に仕事をしたバイヤーや商品部長が大勢いるから、何かと話が早い。裏返して言えば、得意先にとって阿部は「融通が利く」人間なのだ。

「今回のコロナ禍でマスクが不足したわけですが、得意先のトップから私のところに『何とかマスクを回してくれないか』って直接電話がかかってくるわけです。嬉しいですよね。可能な限り誠意を持ってお応えする。これがまた信頼を深めることにつながっていくんです」

「きっと阿部室長がいなくなったらすごく寂しい」

この阿部的な“人間力”を、まざまざと実感した経験を持つ部下がいる。社長室で約8年間、阿部のもとで仕事をしていた塚邊里江である。塚邊がよく記憶しているのは2015年、阿部とともにアイリススペシャルコンサートの事務局を務めたときのことである。

「仙台フィルハーモニー管弦楽団さんとの打ち合わせから、チケット販売、当日のオペレーションまで一連の仕事を担当しましたが、私の力ではどうしてもチケットを売り切ることができなかったのです。阿部室長は有言実行の人なので、やると言ったことをやらないと非常に厳しいのですが、この時は、『じゃあ電話1本入れとくから』の一言でチケットを捌いてしまいました。こういうパワーは私にはないし、いくらがんばっても届かないことだと思います」

どうやら阿部が得意な「人間対人間」の仕事は、若い社員にとって最も苦手な分野であるらしい。

「私の場合、1本のメールから新しい仕事をスタートさせることが多いのですが、メールだけではうまくコミュニケーションが取れない面があります。だからといって人脈を作るために阿部室長のように時間を割けるのか、あそこまで深く人と関わっていく覚悟はあるのかと問われたら、そういう自信もないんです」

昭和な仕事のやり方だと言えばそれまでかもしれないが、若い社員たちは、阿部的な仕事のやり方に違和感を覚えつつも、一方では頼りにせざるを得ないというアンビバレントな感情を持っているのかもしれない。

「阿部室長は仕事と楽しみをうまくリンクさせているから、いつも元気で明るいですね。誰にでも明るく話しかけちゃうキャラの人って少ないから、きっと阿部室長がいなくってしまったらすごく寂しいと思います」

(写真左から)アイリスオーヤマの社内広報誌は広報室と連携し作成、得意先様向けの情報誌は所属する社長室で手がけている
撮影=茅原田哲郎
(写真左から)アイリスオーヤマの社内広報誌は広報室と連携し作成、得意先様向けの情報誌は所属する社長室で手がけている