日常と隣り合わせの「死」

老婦人はエレンという裕福な人物で、それをきっかけにしばらく話をした。通いの家政婦を雇い、1人でコンドミニウムに住んでいたが、その家政婦が新型コロナで亡くなってしまったという。代わりの家政婦がなかなか見つからず、掃除、洗濯、食事を自分でしなければならないため、「とても困っている」と嘆く。

わが家も同じような問題にぶつかっていた。

25年間にわたり、マンハッタンのわが家の掃除、洗濯を担ってくれていたクリーニング・レディが新型コロナを恐れ、母国に帰ることになった。代わりに彼女の夫が残り、仕事を引き継いでくれていた。

ところがある日、突然彼から電話があり、「体の調子が悪い」と言ってきて休むことになった。その1週間後、クリーニング・レディから連絡があり、「夫は新型コロナで亡くなった」と言う。病院で1人で亡くなったのだ。つらかったであろう。それを知って胸が痛んだ。

「死」というものが日常と隣り合わせになっているのが、われわれが暮らしているこの街の現在だ。トランプ大統領が新型コロナウイルス問題に“ふた”をし、迅速に十分な対応をすることなく、放っておいた結果である。

大統領を選んだのは誰か

歯科医院の待合室でそんな話をあれこれしていると、歯科医の助手、看護師の3人が加わり、トランプ大統領のつるし上げが始まった。トランプ大統領は悪の権化となり、悪人以外の何者でもなくなった。

しかし歯科医が出てきて話し合いに加わり、「あんな大統領を選んだのは、われわれ選挙民なのだ。われわれにも責任があるのだ」と言うと、みなシーンと押し黙ってしまった。歯科医の言うことが正しいのである。

「トランプのように、メディアを操作して大統領になる時代になった。彼がどんな人間であるかを見逃した。メディアをだませば、大統領になれる世の中だ」と歯科医は続けた。これまでも通院するたび機会を見ては、社会の出来事、世界情勢について話してきていたので、彼が言いたいことはよくわかった。

子供たちにまで広がる「Fake」

マンハッタンの自宅近くの公園で、5~10歳くらいの子供たちが砂場で遊んでいた。疲れた頭を休めるには、元気な子供たちの姿を見るのがよい。そんなわけで、筆者はたびたび公園に足を伸ばす。

ところが最近、子供たちのある変化を感じるようになった。アメリカの子供は遊んでいる時、「Cheating(だます、ずるい)」という言葉をよく使うが、最近はFakeフェイクという言葉をよく聞くことに気づいたのだ。Fakeはトランプ大統領ならではの言葉遣いで、公に使われることはない言葉だ。ところが今では、外国も含め平気で公の場で使用されるようになっている。

トランプ大統領の登場とともに、まるで新型コロナウイルスのように静かに広まった。いつ使っても、何に対して使っても一脈通じるところがある。筆者自身、友人と話す時に使うようになった。みんなで笑える、よい冗談になるのである。